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ニ気筒と眠る 13
ひとりで参道を歩いてる。
津和野の太皷谷稲成神社。
江戸期の宿場町の空気を纏う市街を抜けてきた。
日本五大稲荷神社の一角で、その表参道には千本鳥居のある石段が続く。
朱塗りの鳥居が幾重にも重なり、その隙間から漏れた光が足元を縞模様に彩っている。
そこを踏むのが、チョコ色のショートブーツというのは可愛くないけれど。しかもライダー用でもあるので、靴先は広く内部に鉄板が入っていて、愛嬌の欠片もない。
それに黒革のジャケットに、膝パッド入りのボトムでしょう。ヘルメットを下げていなくても、ライダーだって周囲は察する。その出立ちでSLから津和野駅に降り立つのは、違和感が先に立つだろうな。
それでも。
歩いて参拝した方がご利益があるかも。
市街から遠目に見えていた山頂には、津和野城跡の石垣がある。
この神社はお城から見て鬼門の北東に造営された。江戸時代の殿様が宗家守護のため、京の伏見稲荷大社から勧請したと案内板はいう。往時は身分のあるものしか参拝出来なかったそう。
時の藩主である亀井矩貞ってひと、神様だってひとり占めしたかったのね。
その参道を背中を曲げて歩く人影があった。
鶯色の小紋は古そうだけど、しゃんとしていて。
長い石段でなければ、そんな姿勢でもなさそうなお婆さん。
参拝客の多くは、そのお婆さんを次々と追い抜いていくのだけど。私はどうしてもその足元が気になって、背後に寄り添って歩いていた。
彼女は時折り柔和な顔を向けて、お先にどうぞと掌で指し示すけれど。
「ありがとうございます、でもお気になさらないで。私もこのブーツなので、ゆっくりと上がりたいの」
「気にかけて頂いて、有難う御座んした」
境内にようやく辿りついて、並んで参拝をした。
稲荷神社らしく、蝋燭を灯して油揚げを奉納した。それも彼女が教えてくれた。
「孫が海外の長旅に出ちょって、心配じゃけぇ参拝にきた」
そう彼女は言う。
「貴女も旅行中?」
「ええ、バイクでここまで回ってきました。鎌倉から」
彼女は感嘆の声を上げて、「貴女の分もお参りしてくる」と言ってまた境内に上がって参拝を繰り返した。
それから「うちの手作りでよかったら摘みなさんせ」
手提げから包みを取り出して、開くと黒っぽい稲盛寿司が五つ並んでいた。
「孫がぁ好物で」
少し小さめでしっかりと甘く、胡麻の風味がした。
お稲荷さんの化身のような彼女は、満足そうに微笑んで私を見つめていた。
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