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冬の味がする金柑のフィナンシェ 〈菓子四季録 vol.19〉

冬の味がするフィナンシェを食べたら、金柑のファンになった話。

菓子四季録は、菓子研究家 福田淳子先生と一緒に季節のお菓子のレシピを紹介する連載です。ひとつのお菓子の魅力を、ふたりそれぞれの視点から綴る菓子四季録のマガジンページはこちら。今回紹介するお菓子は、ほろ苦い味わいのコンポートを焼き込んだ「金柑のフィナンシェ」

冬の味がするフィナンシェを食べた。冬らしさを生み出しているのは、金柑とジンジャーパウダーだ。菓子四季録では季節の素材を使ったお菓子のレシピを紹介しており、今月紹介する「金柑のフィナンシェ」には、コンポートにした金柑とスパイスが入っている。

金柑といえばおせち。それは日本の冬の味。子どもの頃は金柑の甘露煮にそれほど魅力を感じなかったけれど、大人になってからは、あの独特のほろ苦い感じがとても好き。何より、色も名前も、とても綺麗だ。

フィナンシェに加える金柑は、まずコンポートにしてから、半分を刻んで生地に混ぜ込み、半分は丸い形が見える状態で生地にのせる。焼いた後の仕上げにはシロップを塗る。とろりとしたシロップのおかげで、表面はつやつや。フィナンシェの中央に堂々と君臨する金柑は、その名の通り金色がかった橙色をしていて、目玉焼きの黄身のように美しい。

面白かったのが、今回のお菓子は〈世界の融合〉でもあるということ(話のスケールが突然大きい)。理由は組み合わせにある。金柑、フィナンシェ、そしてスパイス。スパイスは、熱帯アジア原産であるカルダモンとジンジャーパウダーの2種類を組み合わせる。日本の冬と、フランス菓子の王道と、南アジアの芳香。これら3つが融合するのだ。ほろ苦さのある柑橘、香ばしい焦がしバターの生地、深みのあるスパイスが組み合わさることで、どこの国かわからない奥行きになり、あぁ、たしかどこかの国にこんな郷土菓子があったかも、と錯覚するような、独自の個性が生まれる。これまで出会ったことはないのに、どこかで知っていたことがあるような気持ちにさせてくれる、不思議で面白いお菓子なのだ。

フィナンシェは一見シンプルなのに、フチのカリッと感、表面のねちっと感、内側のふわっと感という複数の食感を有している。さらに今回は金柑のコンポートのとろっと感が加わり、食感がさらに複雑になる。香ばしい焦がしバター、甘くふくよかなアーモンドパウダー、異国感のあるカルダモン、冬にぴったりなジンジャーパウダーのおかげで香りも味わいも複雑だから、予想外の情報量が詰まっていて面白いお菓子に仕上がっている。スパイス入りのフィナンシェは今回初めて食べたが、クセになりそうな味わいだった。

そういえば記事を書きながら知ったことで、金柑を食べると日本の冬って感じがする、という勝手なイメージを持っていたけど、金柑の原産は日本じゃなかった。え〜知らなかったよ。金柑は中国が原産の柑橘で、ミカン科キンカン属に分類され、親がどんな柑橘なのかは不明らしい。ミステリアス。

謎の多さ
(のま果樹園のWebサイトより)

日本に最初にやってきた品種「マルミキンカン」は、鎌倉時代末から室町時代初期に伝えられたと言われており、いま日本でよく食べられている品種「ネイハキンカン」(ニンポウキンカンとも言う)は江戸時代(1826年)に伝わってきたと言われているそうだ。時は江戸時代、逝江省寧波ニンポウの船「得泰号」が長崎へ向かう途中で暴風に襲われ、航路から外れて静岡県の清水港に漂着した。漂着した船に食事を提供する担当をした柴田権左衛門という人物が、始めて見る種類のキンカンを船長から分けてもらい、その種子を蒔いて栽培し始めたとされているらしい。なんだかロマンチック。ようこそ日本へ。

何気ない存在感でおせちのお重に鎮座している金柑に、そんな歴史があったなんて。意外さに衝撃を受けてしまった。金柑は、柑橘類では珍しく皮も含めて丸ごとそのまま喫食できるという個性を持っているし、柑橘類のなかで最も小さいとされている。ミステリアスでロマンチックで、唯一無二。そして可愛い。いままで、あまり向き合ってこなかった果物だけど、なんと魅力的。

金柑のフィナンシェを食べてから、わたしのなかで金柑ブームが起きている。生で食べられる〈完熟金柑〉の出荷最盛期とちょうど重なったこともあり、いくつかの金柑を買っては試している。生食用の金柑は、長いものだと樹上で210日以上も熟させることもあるらしい。ハウスのなかで、ゆっくりじっくり熟すのを待つ。うやうやしく大切に育てられた黄金の実だ。食後のデザートに一粒つまむのも美味しいし、おやつとしてぱくっと手軽にビタミン補給できるのも嬉しい。金柑ファンになってしまった今年の冬。

今年も、食材の新たな一面を見つけていきたい。どんな味と出会える一年になるだろう。


金柑のフィナンシェ

フランス菓子の王道 フィナンシェ、お好きですか? わたしは、カリッ、ねちっ、ふわっが組み合わさった、あの食感が大好きです。今回は金柑のコンポートとスパイスを加え、一風変わった味わいに仕上げます。また、金柑のコンポートは、ヨーグルトにのせて食べても美味しいです。フィナンシェを作るのが大変という方は、コンポートだけでもどうぞ。店頭に金柑が並ぶこの季節、金柑の伝来に思いを馳せながら、ぜひお試しください。

レシピの流れ

コンポートの材料(作りやすい分量)

金柑 300g
グラニュー糖 150g
コアントロー 大さじ1
レモン汁 大さじ1/2

コンポートの作り方

1.金柑は竹串でヘタを取り、半分に切って種を取り除く(大きければ1/4に切ってもよい)。
2.金柑とグラニュー糖を鍋に入れ、ひたひたになるくらいの水を加えて中火にかける。沸騰したら落とし蓋をし、弱火で10分煮る。
3.金柑を取り出し、コアントロー、レモン汁を加えて強火にする。とろりとするまで煮汁を煮詰めたら火を止め、金柑を戻す。
*粗熱を取ってから使いましょう。

フィナンシェの材料(4.2×8.5cmのフィナンシェ型 6個分)

食塩不使用バター 45g
卵白 45g
グラニュー糖 45g
金柑のコンポート(生地に混ぜ込む用) 30g
バニラオイル 少々
◯ アーモンドプードル 25g
◯ 薄力粉 25g
◯ ジンジャーパウダー 小さじ1/3
◯ カルダモンパウダー 小さじ1/4
◯ 食塩 ひとつまみ
金柑のコンポート(生地にのせる用) 半割を6個
(お好みで)粉砂糖、ピスタチオ 少々

フィナンシェの作り方

下準備:粉類(◯)を合わせてふるう。オーブンを200度に予熱する。バターを小さく切る(2cm角程度)。
1.コンポートのシロップを切り、キッチンペーパーの上に少し置く。生地に混ぜ込む用の30g分を細かく刻む。
2.型に溶かしバター(分量外)を塗り、バターが固まるまで冷蔵庫で冷やす。強力粉(分量外)を茶こしで薄くふり、型を軽く叩いて余計な粉を落とす。生地を入れるまで冷蔵庫で冷やしておく。
3.バターを小鍋に入れ、弱火で溶かす。溶けたら中火にし、ゴムベラで混ぜながら加熱する。沈殿物が濃い茶色になったら、鍋の底を水につけて冷やす。
*人肌程度に冷ませばOKです。
4.ボウルに卵白とグラニュー糖を入れ、泡立て器でよく混ぜる。バニライオイル、刻んだコンポートを加えて混ぜる。
5.4のボウルに粉類(◯)をふるい入れる。なめらかになるまでさらに混ぜる。のバターを3回に分けて加え、なめらかになるまで都度よく混ぜる。
6.型に生地を均等に流し入れ、半割のコンポートをのせる。200度に予熱したオーブンで13〜15分焼く。型から外してケーキクーラーの上で冷ます。


菓子研究家 福田淳子先生のレシピ解説はこちらです。作り方や材料のポイントや、レシピのこだわりが掲載されています。金柑カラーでまとめられた早春のテーブルコーディネートもお見逃しなく。

今回のフィナンシェは、粉砂糖とピスタチオで飾り付けをすると贈り物にもぴったりです。粉砂糖のふり方にコツがあるので、手順はぜひ記事でチェックを。金柑の香りから呼び覚まされたという記憶の描写も、ぜひ読んでみてください。冬の欠片が詰まっていて、温度まで伝わってくる気がしました。

金柑のフィナンシェの菓子四季録、おしまい。

参考資料
のま果樹園「みかん大辞典 金柑」
人民網日本語版「191年前の船の漂流がきっかけで中国から日本に伝わった『寧波キンカン』」

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