全国自然博物館の旅【29】ふじのくに地球環境史ミュージアム
廃校を展示施設に活用するという取り組みは多くの事例があり、教育活動の観点から見て素晴らしいアイディアだと思います。その中には、大規模なリノベーションを経て、先端学術施設としての研究機能を獲得した究極の「学校博物館」もあります。
学校から博物館への大変身を遂げた静岡市の展示施設。ベースとなったのが高校なので、敷地面積はとても広大であり、展示標本の数も圧倒的! 本館を訪れれば、生き物好きの人々はたちまち虜になるでしょう。
高校が超本格的な博物館へと究極モデルチェンジ!
スタートはJR静岡駅です。博物館も同じ静岡市内にありますが、静岡駅からは車で20分ほどかかります。もちろん駅前でレンタカーを借りるのも大いにありですが、路線バスに乗って向かうのも有効な手です。
静岡駅から車で走ること20分。目的地の駿河区大谷地域に佇んでいるのは、大きな高校です。この施設こそ、ふじのくに地球環境史ミュージアムです!
本館は、静岡県立静岡南高等学校をリノベーションして完成しました。展示の独特なデザインと施設展開のスタイルはとてもハイクオリティであり、海外のデザイン協会から高い評価を得ています。
本館はとっても広く、とっても膨大な学術展示を有しています。ガチな生物マニアの人が隅々まで楽しんで学習しようと思ったら、観覧に3時間以上かかります。
学校博物館に眠る無限の自然科学の叡知、ぜひ楽しみたいところです。どこかノスタルジックな空気の漂う校舎の中、学生に戻ったような気持ちで思いきり学んでいきます!
地球と生命の神秘を伝える自然科学の「学校」
超膨大な展示標本で説かれる生物多様性
ご存じの通り、高校にはたくさんの学習室があります。クラスの教室だけでなく、実験室や実験準備室、音楽室、美術室など実に多様です。それら全ての学習室が、展示や研究のために活用されています。それだけ広大な延床面積がありますので、展示・収蔵標本の数もすさまじく膨大です。
長く楽しい科学探究のスタートです。1つ1つの資料の学術的価値を噛みしめながら、じっくり観覧していきましょう。
では、いよいよ校舎の本格的な観覧開始です。
本館は「100年後の静岡が豊かであるために」を理念として掲げており、地球生命の展示と並んで、静岡県の自然環境についての解説もとても充実しています。魅力的な大自然のスポットが静岡県にはたくさんあり、展示からもスケールの大きさが伝わってきます。
静岡の素晴らしき大自然の1つであると共に、我々の生活を支えているのが生命豊かな海です。海洋生物が大繁栄している環境だからこそ、静岡は日本国内において重要な漁業拠点となっています。それほど多様性に満ちた海洋の世界を、数多くの学術標本と美しいレイアウトの展示でがっつり学べます。
命あふれる静岡県の海には、大型海洋生物がたくさん棲んでいます。展示室内の魚たちの剥製標本は、ラインナップが豪華で見ごたえ抜群!
極めつけは、廊下に展示されている巨大なオンデンザメの液浸標本です。全長約3 mもある大型軟骨魚類が駿河湾を泳ぎ回っていると思うと、未知の深海世界へのロマンを感じますね。
続いては陸の世界。東西に長い静岡県には様々な地形・標高のフィールドが存在し、秘めたる生物多様性は驚異的なレベルとなっています。
それほど壮大で複雑な生態系を、本館では標本を用いた立体的な相関図によって、明瞭かつダイナミックに解説してくれています。生き物同士の相互作用、自然界での命のつながりを学ぶと、静岡県の大地の豊かさを強く感じられます。
本館では来館者にとって理解しやすいように展示スタイルが整えられており、生物標本が生息環境ごとにカテゴライズされています。里山の雑木林や沼地、広大な自然林、高山の大草原など、多様な環境にどのような生き物たちが棲んでいるのかを体系的に学べます。各種標本の美しさと力強さも存分に味わいたいところです。
生態系の解説のみならず、自然環境と人間の未来についても、本館は強く来館者に語りかけています。環境教育の展示室「ふじのくに環境史」では、シーソーを展示ツールとして取り入れ、自然と人のバランスを解説してくれています。
未来の環境を考察するうえで、本展示室はとても重要な区画です。天然資源の利用の歴史を学びながら、自然と人の望ましいバランスについて考えてみましょう。
陸にも海にも豊かな生態系を擁する静岡県。それは古代においても同様であり、静岡県では実に多くの古生物の化石が発見されています。掛川市から袋井市にかけての地域では海洋生物化石が豊富に出土し、浜松市ではナウマンゾウやトラなどの大型動物の骨格も掘り出されました。化石たちの声を聞いて、古代の静岡県をイメージしてみてください。
元高校という特色を活かしたユニークな展示もあります。多数の骨格標本が立ち並ぶ「骨の教室」はまさにクラスのようであり、1つ1つの骨格が生徒のように席についています。
学校博物館ならではの楽しい展示スタイル。来館者の子供たちも、大喜びで観覧されていました。
素晴らしき学びの機会! 自然科学のプロと対面!!
本館の大きな魅力の1つは、博物館スタッフと直に対面して話せるチャンスがあるということです。古生物・化石をテーマにした「地質・化石教室」でもスタッフさんがお仕事されており、子供たちに古生物学の魅力を説いておられました。
展示室では貴重な実物化石に加えて、ハンドメイドの立体造形物が見られます。スタッフさんのお話を聞きながら観覧すれば、それぞれの展示資料に秘められた特別なエピソードを知ることができます。
各種講座室においても、学芸員の方々とお話できるチャンスがあるかもしれません。講座室Cでは植物の資料が展示されており、植物標本の作り方も学ぶことができます。学芸員さんとお会いできたら、植物の不思議について訊いてみましょう。
次は講座室D、いよいよ昆虫の出番です!
こちらにもスタッフさんがいらっしゃる可能性が高く、盛大な昆虫トークができるかもしれません。書籍から得られる知識はもちろん重要ですが、博物館の学芸員さんは本に載っていない最先端の研究成果をお持ちですので、ぜひともお話を伺っておきましょう。その道のプロに出会い、教えを受けることで学問の知識は一気に向上します。
来館日の筆者は超ラッキーだったようで、なんとその日は図書室の開放日でした。図書室内には様々な標本資料の展示があるだけでなく、カウンターには博物館スタッフがいらっしゃるので、貴重な学術講義を楽しむことができます。生物マニアの人ならば、スタッフさんとの話に熱中してしまい、ついつい時間を忘れてしまうかもしれません(笑)。
なお、筆者は特別に学芸員さんに生きたハリガネムシ(カマキリに寄生する線虫)を見せていただいたのですが、苦手な方もいらっしゃるのではないかと思うので、本記事に写真は載せません。森の中に普通に棲んでいますので、寄生虫に関心のある方は、湿った落ち葉の下などを探してみてください。
ここまで展示室をメインに語ってまいりましたが、廊下にも重要な展示資料が各所に設置されています。それが地球と生命の壮大な歩みを追う「地球史の旅」です。地球の歴史上に起こった17の事件が、標本箱の中に収められています。高校の廊下は、46億年の地球史を知る永い時間の回廊となったのです。
本館で最も広い展示エリアは、観覧の最後を飾る「ふじのくにと未来」です。エリア内に並び立つ柱を中心に、生命の秘密や環境保全に関する解説展示が設置されています。その濃密な展示資料には、生き物好きの誰もが見入ってしまうでしょう。
「ふじのくにと未来」の展示情報量はとても多く、1つ1つの資料に大きな学びがあります。それぞれの柱の側には台が設けられており、様々な標本・模型・書籍などが展示資料として設置されています。ここは貪欲になって、ありったけの知識を展示から吸収しましょう。
先述の通り、本館の展示資料は質も量も桁違いです。この記事では紹介しきれていない標本やキャプションがたくさんありますので、ぜひ静岡市を訪れて来館していただきたいと思います。博物館としてのクオリティの高さに加えて、学芸員さんから貴重なお話を聞けるチャンスもありますので、きっと他の何物にも代えられない学習体験ができるはずです。
ふじのくに地球環境史ミュージアム 総合レビュー
所在地:静岡県静岡市駿河区大谷5762
強み:質・量共に圧倒的な各種標本展示、元高等学校という特殊空間をフルに活かした展示スタイルの緻密な工夫、博物館研究スタッフ(学芸員)から直接学ぶことのできる体験学習展示室
アクセス面:静岡駅前から車で向かうのがベストです。レンタカーや自家用車を運転して行くのも良し、JR静岡駅前から路線バスに乗って行くのも良し。バスで来館される方は、観覧時間をしっかり確保したうえで、どの時間帯の便に乗って静岡駅前に戻るのか確認しておきましょう。かなり膨大な展示標本とキャプションを有する博物館なので、ぜひとも時間をかけてゆったり観覧してください。すべての展示を漏れなくじっくりと見て、なおかつ学校博物館の雰囲気にも浸りたいところなので、余裕を持ってタイムスケジューリングしましょう。
高校から大改装を経て誕生した本格派の自然博物館。学術標本をはじめとする膨大な数の展示資料、視覚的インパクトの高さと理解のしやすさを両立させた展示スタイル、趣深いデザインの内装などの魅力的な面を数多く有する学術施設なので、自然科学好きの子供から超ガチは生物マニアまで誰もが楽しく学べます。静岡県の大自然や古環境について広く学習できるうえに、環境教育に関する資料も展示されていて、極めて総合力の高い博物館と言えます。
そして、筆者が特に嬉しかったのは、学芸員さんからマンツーマンで超貴重な生物レクチャーを受けたことです。学芸員さんは研究と科学教育のプロであり、直接お話を聞くメリットは超大きいです。プロから自然科学研究の最前線を教えていただき、本や映像からでは得られない自然界の秘密をたくさん学びましょう。