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全国自然博物館の旅【33】多賀町立博物館

世間ではゴールデンウィークとなり、どこの観光地でもたくさんの旅行者の方々を見かけると思います。滋賀県では彦根城が大盛況になっていると思いますが、近場に生物マニアがハマる穴場スポットがあります。
琵琶湖の景観や有名な史跡を楽しみつつ、地域自然を学習するのも素晴らしい旅になると思います。きっと、そこには予想以上にスケールの大きな世界が待っています。


歴史的な偉業を成し遂げた地域博物館

多賀町立博物館は彦根市近くの犬上郡という地域に位置しており、琵琶湖から見て東側の地域(湖東地域)にあります。彦根駅からスタートするのがセオリーなのですが、滋賀県と琵琶湖の魅力を幅広く感じたかったので、筆者は大津市でレンタカーを借りて犬上郡へと向かいました。

心を満たす琵琶湖の情景。なお、今回訪ねる博物館のメインの研究対象は、琵琶湖ではなく陸域の生態系となります(笑)
目的地へ向かう最中、「ラ コリーナ近江八幡」を観光。滋賀県発祥の洋菓子店たねやクラブハリエのフラッグシップ店であり、緑豊かな景観とおいしいお菓子を堪能できます。
「ラ コリーナ近江八幡」は湖東地域の有名な観光地です。間違いなくゴールデンウィークは人でいっぱいになりますので、観光するなら時間に余裕を持って行動しましょう

自然豊かな土地のお菓子屋さん「ラ コリーナ近江八幡」の観光や琵琶湖岸のドライブを楽しみながら、犬上郡の多賀町へと向かいます。博物館は公共複合施設「あけぼのパーク多賀」内に位置しており、図書館や文化財センターと合体しています。
博物館とは研究機関であり教育機関。加えて、本館は町立の施設ですので、図書館や文化財センターと同じ建屋で運営することは理にかなっていると思います。学びの拠点が生まれれば、そこにたくさんの人々が集まり、地域全体も活気づくのです。

あけぼのパーク多賀に到着。地域の重要な学びの拠点です。
施設は複数の町立機関で構成されています。図書館を擁しているので、大勢の子供たちが学びに訪れます。
多賀町の子供たちの「推しの本」紹介コーナー。学びと教育の観点から、図書館は博物館と相性がいいと思います。

図書館を過ぎて施設の奥へ進むと、お目当ての多賀町立博物館が見えてきます。実は、本館はすごい業績を持っており、陸上大型哺乳類で初めて天然記念物に指定された古代ゾウの化石を有しています。地域の古生物学と現代の自然を学べる素敵な場所、たっぷりじっくり観覧していきたいと思います。

地域の自然科学を盛り上げる多賀町の学術拠点

知れば知るほどハマる! 多賀町のユニークな自然環境

本館のスターは、ステゴドン類という古代ゾウであるアケボノゾウです。日本各地に生息していた本種の化石は、1993年に多賀町からも出土しています。日本のゾウ化石としては最も保存状態が良好であり、なんと全身の70%の骨が発見されました
博物館の入口前のホールでは、アケボノゾウの全身骨格を拝めます。ゾウとしてはやや小柄なものの、その牙はとても立派であり、在りし日の彼らの勇姿が目に浮かんできます。

博物館入口前のホールには、アケボノゾウの全身骨格が展示されています。1993年に多賀町の四手で発掘された化石は、陸上大型哺乳類としては初めて国の天然記念物になりました。
約180万年前の日本に生息していたアケボノゾウの復元模型。アフリカゾウやアジアゾウよりも小型ですが、それでも他の動物たちに比べると圧倒的に大きく、成体になればトラもクマも怖くなかったことでしょう。

あまりに素晴らしい大発見であったため、本館所蔵のアケボノゾウは2022年に国の天然記念物指定を受けました。これは福井県の恐竜(2017年に天然記念物指定)と肩を並べるほどの偉業であり、まさしく多賀町の誇りです。
全身骨格の奥では、アケボノゾウの化石発掘状況を撮影した写真展示コーナーがあります。歴史的な発掘作業の記録ですので、携わった方々の想いを感じながら、じっくりと見ていきましょう。

アケボノゾウ発掘作業の写真展示。多くの人々の地道な作業によって、太古の生命が掘り出されたのです。
当時の発掘状況を見て学べる機会はとても貴重です。1枚1枚に、発掘スタッフの強い想いが込められています。

アケボノゾウの特設展示は屋外にもあります。図書館側の方から外へ出てみると、多賀町産アケボノゾウの産出状況の実物大複製模型が現れます。約180万年前のゾウがどのような状態で大地に眠っていたのかを知れば、この大発見が素晴らしい奇跡だということを改めて理解できます。

図書館の隣に設置された多賀町産アケボノゾウの産状模型。屋外展示が楽しめるのも嬉しいところです。
模型の側に設置されたキャプションと写真。発掘当時の状況を詳しく知ることができます。
これだけの大型動物の発掘は、筆舌に表せないほど大変だったと思います。ちなみに、スコップやツルハシも展示物です。

アケボノゾウの全身骨格の近くには、古代の貝類やアンモナイトの実物化石が展示されています。彼らは、北海道の地層より出現した白亜紀の生き物です。はるかな北の大地の化石標本と対面して、滋賀県の子供たちは学術的好奇心を強く刺激されると思います。

エントランスに並べられた北海道産の実物化石。図書館を訪れた子供たちも、貴重な化石に関心を抱いて博物館へと引き寄せられるでしょう(笑)。
古代の二枚貝類イノセラムス。時代を判断する手がかりとなる示準化石です。
アナパキディスカス。北海道産のアンモナイトは、多賀町立博物館のみならず、多くの学術施設にて展示されています。

エントランスで魅力的な化石たちを目に焼きつけたら、いよいよ有料エリアへと入ります。多賀町の地域自然の特色、生物マニアにはとても気になるところです。
滋賀県の自然と聞くと、大半の人々は日本最大の湖・琵琶湖を想像されると思いますが、陸域にも多様な自然環境と生態系が存在しています。原自然のみならず、人の手によって守られている里山も生物多様性の保全のためには必要な環境です。本館では美しい動物たちの剥製標本をジオラマ展示で紹介し、里山がいかに豊かな環境であるのかを教えてくれています。

入口に佇むニホンカモシカの剥製。「カモシカ」と呼ばれていますが、シカではなくウシの仲間です
剥製標本のジオラマ展示。ちなみに、筆者は滋賀県の山道でニホンカモシカと遭遇したことがあります。
里山に棲む哺乳類たち。下草の刈り取りや木々の間伐によって生き物の暮らしやすい環境が構築されるので、人間の管理活動も生態系保全において重要な意味を持つのです。

動物の営みを支えるのは植物。滋賀県は関西地方ですが、三重県や岐阜県と共に鈴鹿山脈を共有しているので、東海地方の植生の要素も持っています。地域の植物相を分析してみると、東海地方丘陵要素植物群(東海地方の普遍的な低湿地や丘陵地帯に自生している植物)が生育していることもわかります。
本館では、東海地方丘陵要素植物群の標本展示があり、多賀町の植生の複雑さを示唆しています。夏はとても暑く、冬には豪雪も降る本地域では、数多くの植物たちが見事に適応して繁栄しているのです。

東海地方丘陵要素植物の標本展示。これらの植物は鈴鹿山脈の滋賀県側を生育北限としています。
スズカアザミとヒメフウロ。滋賀県の北湖の地域では、東海地方丘陵要素植物や日本海側の植物を見ることができます。

地域の博物館では、当地の生態系をスポット的に深掘りして考察できるので、生き物好きにとっては非常に嬉しいところです(生物マニアは生態系の細かい情報が大好きなのです)。標本とキャプションをシーズンごとに分けて配置することで、多賀の自然環境の季節的な変遷を来館者に詳しく伝えてくれています。その中にはとてもコアな情報もあり、噛みしめる度に味わい深くなる濃密な展示内容となっています。

「多賀の四季」展示コーナー。それぞれの季節で見られる生き物や環境の特色に関して、標本や解説パネルを用いてわかりやすく説いてくれます。
秋と冬の生き物についての写真とキャプション。シーズンごとに丁寧に解説してくれるので、地域の自然の移り変わりがスムーズに理解できます。
生物好きが唸るマニアックなキャプションもたくさんあります。筆者的にはカタツムリの成貝と幼貝の見分け方の説明がとても興味深く、ぜひともフィールドで実践してみようと思います。

生物マニアにとって地域博物館のお決まりの楽しみと言えば、やはりご当地の昆虫標本です。多賀町の美しい山林には昆虫たちがあふれており、展示標本を見た後は、博物館の近くの林で昆虫観察してみてはいかがでしょうか。

多賀町の山に棲むチョウたち。かっこいいチョウも素敵ですが、可愛いシジミ類も大好きです!
こちらはトンボ類の展翅標本。並べてみると、ハラビロトンボの可愛さが際立ちますね(笑)。

多賀町の自然は、大地の中にもつながっています。本地域には「河内の風穴」という大きな鍾乳洞が存在しており、洞窟の中にも様々な生き物が息づいています。
謎に満ちた洞窟環境の生態系。本館の展示では、闇の世界に棲む生命の秘密を詳しく学ぶことができます。

多賀町の鍾乳洞で撮影されたコウモリの写真。洞窟性の動物としてイメージが先行するのは、やはりコウモリですね。
翼を広げた状態で固定されたヒナコウモリの標本。我々と同じ哺乳類ですが、彼らは洞窟の中で冬眠をします。
多賀町の鍾乳洞に棲む様々な生き物たちの標本と写真。実は、洞窟の中では様々な昆虫たちが暮らしています。

古琵琶湖層群に秘められた自然界のミステリー

化石マニア感激! 本館は古生物学の展示も充実しており、たくさんの化石標本を拝めます。
展示ケースに並ぶのは、世界各地からやってきた多種多様な古生物たち。見事にクリーニングが施された化石をじっくりと見ながら、アケボノゾウの時代へとつながる地球の生命史を追っていきましょう。

ペルム紀の生物化石。コケムシ類などの微小生物の標本にはルーペが備えつけられており、来館者が観察しやすいように工夫されています。
中生代の海洋生物化石の展示。化石マニアならば、展示ケースに並べられた標本に独特の趣を感じますよね(笑)。
芸術品のごとく美しい三葉虫の化石。古生代に大繁栄した彼らは、アンモナイトと並んで化石マニアから絶大な人気を誇っています。
デボン紀に生息していたプシコピゲ。変わった形をしていますが、彼らもれっきとした三葉虫です

そして、いよいよ真打ち登場! 国の天然記念物である多賀町産アケボノゾウの実物化石と対面です。
アケボノゾウとはどのようなゾウであったのか、古代のゾウたちはどのような進化を経てきたのか、本コーナーの展示でわかりやすく体系的に学べます。かつての日本が、海外にも負けないゾウたちの楽園であったことを教えてくれます。

国の天然記念物・多賀町産のアケボノゾウの実物化石。奇跡と言っていいほどに、骨格の保存状態は極めて良好です。
他種のゾウとアケボノゾウの比較図。アケボノゾウの高さは2 mほどであり、ゾウとしては小型の部類です。
アケボノゾウの足跡化石。滋賀県では古代ゾウの足跡がたくさん見つかっています。
約400万年前に生きてきたシンシュウゾウの複製頭骨。アケボノゾウの祖先だと考えられています。
マンモスをはじめ、多くの古代ゾウの歯の化石。これは臼歯であり、植物を磨り潰すために使われます。

本館の主役はもちろんアケボノゾウですが、一般的に日本の古代ゾウと聞いて人々がイメージするのはナウマンゾウだと思います。実は多賀町においても、芹川の河原にてナウマンゾウの化石が大量に発見されています。
ナウマンゾウが生きていた時代は、アケボノゾウよりも後代の更新世後期になります。古代ゾウたちの繁栄の歴史は、とても永く続いていたのです。

滋賀県で発見されたナウマンゾウの牙。彼らの体躯は現生のゾウより小型でしたが、長大な牙を備えていたので、迫力では負けていません。
芹川付近で産出したナウマンゾウの化石。骨格の発掘には、大勢の一般の方々が関わられています。
ナウマンゾウの下顎。ちなみに、同じゾウであっても、ナウマンゾウとアケボノゾウは種族の系統が異なっています

多賀町から産出ている哺乳類化石は、ゾウ類だけではありません。部分的ではあるものの、既知の種類とは異なるシカ類の化石が発見されており、新種のシカなのではないかと言われています。
古代ジカの展示コーナーでは、多賀町産の個体に加えて、全国各地の種類の特徴を学べます。更新世の日本では、我々の知るニホンジカとは異なる多様なシカたちが山林にひしめいていたのです。

多賀町で発見された化石をもとに復元されたシカ類の骨格。東南アジアに棲むルサジカやアキシスジカに近縁だと考えられています。
日本各地の古代ジカの角化石レプリカ。種類によって、角の形がかなり違います。
長野県産のカズサジカの角化石レプリカ。体の大きさは、現代のニホンジカと同じくらいだったようです。

古生物マニアの方々は、滋賀県に来たら古琵琶湖層群の化石を拝みたいと思うことでしょう。
実は、琵琶湖の歴史はとても古く、400万年の歴史を有する古代湖なのです。地球史の中で琵琶湖が形を変えながら続いてきたように、当時の生態系にも「現在と共通している部分」と「まったく異なる部分」がありました。アケボノゾウが発見された多賀町四手の地層には、約200万~約150万年前の時代の生物化石が含まれています。
地域の化石資料の展示ならば、やはりご当地の博物館が一番です! 古代の琵琶湖にはどんな生き物たちが棲んでいたのか、考えるととてもワクワクしますね。

古琵琶湖層群に関する図と年代表。時代ごとに琵琶湖の形は違っており、生態系も異なっていました。
古琵琶湖層群にて発掘された貝類の化石。現代の琵琶湖に棲む貝類の祖先にあたる種類、中国の貝類と近縁な種類などが発見されており、古代には多様な貝たちが栄えていたことがわかります。
コイ類の喉頭歯いんとうしの実物化石と拡大写真。彼らは喉の奥に「噛みつぶすための歯」を備えているのです。
ネクイハムシの仲間の化石。彼らは湿地を好む昆虫であり、古琵琶湖の周囲には湿地が広がっていたと推測できます。

独特な環境に多様な動植物があふれる生態系、アケボノゾウをはじめとするミステリアスで力強い生命が織り成す古琵琶湖層群の世界。古代と現代の多賀町を知ることができる本館の魅力は、あらゆる生き物好きの人々に強く刺さると思います。
地域の自然環境は、突き詰めると本当に奥深い世界が見えてきます。自然科学の理解が深まる本館は、生物マニアの方々に心からオススメします。

多賀町立博物館 総合レビュー

所在地:滋賀県犬上郡多賀町四手976-2

強み:国の天然記念物である貴重なアケボノゾウ化石の研究・発見の記録展示、複雑かつユニークな自然環境を有する多賀町の生態系の詳細な展示解説、古琵琶湖層群を構成する数多くの古生物と当時の環境に関する学術的知見

アクセス面:無料駐車場が設けられているので、車で向かうのがオススメです。彦根市や近江八幡市でレンタカーを借りれば、スムーズに来館できると思います。公共交通機関を利用する場合は、JR彦根駅駅前から路線バスに乗車するか、近江鉄道の多賀大社前駅にてタクシーに乗るのが一般的です。多賀大社前駅から博物館まではそこそこ距離があるので、徒歩移動は少々大変です。ベストコンディションで楽しく観覧するためにも、乗り物の利用をオススメします。

国の天然記念物に指定されたアケボノゾウの化石標本を有し、地域自然の展示資料が充実した見ごたえ抜群の町立博物館。生き物好きの子供たちはもちろん、「有名な大型博物館もいいけれど、地域の自然環境に特化した展示が見たい」という手練れのマニアの方にも強く推します。
やはり主役はアケボノゾウであり、国の天然記念物となった標本は、ぜひともしっかりと目に焼きつけておきたいところです。加えて、古代のシカ類の詳細な展示解説もありますので、新生代の古生物ファンにはたまらない構成になっていると思います。現代の自然環境の展示においても、鍾乳洞の生態系といった他の博物館ではなかなかお目にかかれない貴重な情報を学べます。
地域博物館を訪れれば、当地の自然環境がきっと大好きになります。時間がたっぷりとれるゴールデンウィークだからこそ、大型博物館だけでなく、地域環境に特化した町の博物館へ行ってみましょう。

多賀町立博物館から車で15分ほど走れば、大型商業施設「ビバシティ彦根」に着きます。飲食店がたくさん入っていますので、博物館観覧後のランチやディナーにぴったりですね。


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