古賀コン4(私立古賀裕人文学祭) 作品全感想
はじめに
佐藤の能力不足+時間不足により的外れなことを書いている可能性があります。どうぞご指摘ください。
1. 非常口ドット「無限ループ」
非常口ドットさんは介護福祉士として働いているようなので、ご自身の職場での体験を題材にされたのかなという作品。主人公の成長がストレートに描かれていていることに好感が持てます。介護職のやりがいが分かったと言ってしまうのは安易かもしれませんが、自分の仕事に対して責任を持っているというのが素晴らしいです。
社会状況のせいか暗い話が多い中で希望が持てる話が読めてうれしいです。この作品が1番ということに古賀コン4の幸先のよさを感じます。
2. 大江信「最初から最期まで断言はできない」
「「父の気がかり」池内紀訳のトリビュート作品」とのことなので、僕も岩波文庫の『カフカ短編集』を片手に読みました。
1時間で完成させなければいけないという古賀コンの規定を考えると、名作を利用するというのは賢いなと感じました。僕のカフカは好きなのでこの手段を思いつきたかった。「父の気がかり」というチョイスも素晴らしい。やられたなというのが素直な感想です。
3. まーたん@ふわふわ創作垢「記憶にございません」
オチが上手く、ショートショートして完成されているなと思いました。また、出だしの居酒屋の店内や木の家具の描写が良かったです。文章の通り、「優しい色」や「雰囲気が温かい」というのを感じました。
4. 比良岡美紀「コンビ解消するときに起きるかもしれないこと」
主人公が邪悪という設定は僕の作品と同じですが、比良岡さんの作品の方が洗練されているなと感じました。そして邪悪度が高い(ほめています)。語り手が相方を楽しそうに、漫才のようにテンポよく追い詰めていく流れが素晴らしいです。こういうのが書きたかったなと思いました。
5. 百目鬼祐壱「泣いたばあちゃん」
「記憶にございません」というテーマを素直にあつかい、政治家に対する怒りをぶつけた作品。こういう作品を書いてくれる人がいて良かったと思いました。
というのも書き手として、「記憶にございませんというテーマで政治家を批判するって内容は他の人と被るよな」と考えて、ちょっとひねったアプローチをしたくなります。(僕はそうでしたが、他の参加者の方はどうでしたか?)
だからこそ、「記憶にございません」で誤魔化すなんておかしいと、忘れてはいけないものがあるはずだと、当たり前のことを当たり前に言ってくれる、おばあちゃんの冒頭のセリフが心に響きました。
「あんたは、ぜったい、こんな人たちになっちゃいけないよ、都合が悪ければ何でもかんでも記憶にございませんって、そんなのばっかりなんだから。なんでだよね。ふざけてるよね、だって、覚えてなければ、それでいいってことなのかね、ちがうよね、ぜんぶ覚えておかないと、だめじゃない、覚えてないって、なかったことにしてるんだよ、あったものを。そんなの、だって、ひどいじゃない、あったのに、絶対あったことなのに、覚えてもらえなかったことがさ、ねえ、なかったことにされちゃうなんて、かわいそうだよ、ねえ、」
6. 松原凛「ずっと成人式でいい」
「うどん部」って珍しい部活ですね。キミキスを思い出しました。「粘り強くまなみに貼りつき」とかもうどんを意識したのでしょうか?
「成人式」マジックという言葉をはじめて聞きました。僕は成人式に行かなかったのですが、行っておけば良かったです。
オチが予想外で良かったです。どうしてまなみは全てを知っていたのだろう。
7. 粉奈丸「はやく透明になりたい」
全体的に文章表現が巧みな作品だなと感動しました。
「この世界は、汚く明るい。汚く明るいままだから、汚く明るい人間になりきっている、だけなのに」
「他人の淀んだ感情は、いつも汚いし明るい。儚い陽だまりじゃなくて、ホコリを被った電飾みたいなガビガビの明るさ」
「街中の窓に映る私よりも、窓ガラスに反射した、道や壁に映る光の方が綺麗だ」
「汚く明るい世界に住み着ききった人間の、見え透いたおぞましさ。全員が無意味に踊るゾンビ。毎日ホラーナイト気分だ。その輪に入りたくはない」
など引用したくなる表現がたくさんあります。作者さんの詩的センスを感じます。うらやましいです。
8. 憚譚之傍見「Nice to meet you.」
オシャレな作品。「記憶」という単語さえ使わずテーマを表現しているところがカッコイイです。
古賀コンとは関係ないですが、この作品の下にあった作品も好きなんで紹介しておきます。センスがいい。
9. 夏川大空「今日は雑談」
「NOTEに書くことないなー。」という1文目でnoteの記事をはじめるところがセンスいいです。文章から本当に雑談っぽさを感じます。
ネコが踊るドット絵が挿入されていたり、夏川さんらしい自由さが魅力的だと思いました。
これからも夏川さんの作品を楽しみにしています。ありがとうございました。
10. 渋皮ヨロイ「名前を変えてやる」
「ぽぴよぴ」という名前がいいです。名前を題材にした作品なのでやはり印象的な名前が必要ですよね。
ラスボスがもう倒されていたという世界観は現代の現実につながるものを感じます。パーティが「曲だけが劇的なまでに荘厳で、あとは何もかも安っぽく見えた」というのも暗示的で印象に残りました。
素直に読めばいいのか、作品全体を比喩的に捉えればいいのか途中で迷いましたが、どちらの楽しみ方もできるのが魅力の作品だと思います。
いい意味で空白が多くて、読み人によって感想が変わる小説だと思いました。他の方の感想も聞きたいです。
11. くもしろ薔「忘れていい」
読みはじめた瞬間に傑作だと確信できる作品。すべてひらがなで書かれ、かつ句読点もない形式が、しっかり内容と調和しています。掌編とは思えない感動を味わうことができました。最後の言葉で心が浄化されます。
今回の古賀コンの参加作は、忘れてはいけない、忘れたことを批判する、という傾向が多かったので、「忘れていい」というタイトルに特別な強さを感じました。
12. 吉野玄冬「神のみぞ知る」
政治家の答弁を題材にした、テーマをストレートに扱った正統派の作品。
苦しい言い逃れ(この部分が読んでいて楽しい)を総理が続けますが、
「私は社会の判断に従いましょう。皆でじっくりと話し合い、決まった結論に従う。それが民主主義というものですから」
「記憶にございません。それゆえ、私が不正を認めることはありませんが、社会の判断は受け入れます。以上です」
と、最後に社会の判断を受け入れてくれるなら、現実よりマシじゃないかと思いました。
13. 久保田毒虫「受水槽」
ホラー作品。ホラーは短い方が怖いとどこかで読んだことがありますが、この作品も唐突に終わることで不穏さを増していると感じました。
短いながらも完成されていて、ホラーを書き慣れている方だなと思いました。違ったらすいません。
14. 結城熊雄「アイル・ビー・ユア・アンブレラ」
「上手えな」と唸った作品。
途中まではおしゃれな恋愛小説だと思っていたけど、
(「雨が線となって窓を埋めていた。まるで窓が本で、雨が文章のようだ。でも決して、そこに何が書かれているかを読むことはできない」という描写とか、眼鏡を踏み潰すシーンとか、とてもいい)
後半の急展開に驚き、もう一度はじめから、伏線に気をつけながら読み直しました。二度楽しめる作品。
個人的には、目を接着剤で見えなくするってセクシーだと思います。みなさんはどう思いますか?
15. ケムニマキコ「みょるにる」
1時間で書いたとは思えない密度の、とても複雑な小説。間違いなく傑作だと直感しましたが、じっくりと読みたいと思ったので、実はこの作品の感想は全作品で最後に書いています。
元ネタ?も読みましたが、借りているのは基本設定くらいで、ケムニマキコさんのオリジナルの部分が強いと個人的には思いました。
元ネタとの大きな違いは、元ネタでは1と2にあたる文章を書いた人は別ですが、この作品では1と2の語り手が同じかもしれないという可能性があることだと思います。元ネタでは「神奈川のある高校」だったのを、「その高校の場所ですか? さあ、どこだったか」とわざわざ変えて、最後に「ええ。友人の話ですって。友人の。」と、とぼけている辺り、意識的な仕掛けです。
「そのバスに乗ってた人はもうみんな死んだんですけど。」について。
1の語り手=友人?は神様を助けようとしてバスから降りたから助かった(助かってるか?)けど、見て見ぬふりをした他の人々はみんな死んだ。という解釈が自然なのかもしれませんが(こい瀬さんのX上の感想で気づきました)、それなら神様が逃げるのを助けたバスの運転手が死んだのが理不尽です。「神様が決めた運命」だから死んだのではないかと個人的には思います。そもそもバスに乗っていた人がみんな死んだというのも本当ではないかもしれません。
1と2でつながる蟻の描写も巧みです。(「公園の植木の脇にしゃがみ込んで、熱心に蟻の巣をほじくる男の子の、小さな指につままれたちいさなちいさな蟻の、その小さな小さな小さな足を。それはとても暑い日でした。太陽がつむじを焦がすような匂いがして、汗が自分の影の中に落ちていました。」とかすごくいい)
蟻の描写を読んでいるうちに、現実は老紳士と友人の立場は逆だったんじゃないかという考えが浮かびました。神様の後をつける友人を追いかける紳士。声をかけてきた紳士を友人は突き飛ばす。
根拠はないです。
この作品に投票しました。
16. えこ「収集者の曖昧な記憶」
最初から最後まで「記憶にございません」というテーマにこだわった作品だなと思いました。壮大さと細かさのバランスが絶妙でした。
「リデュース🎵リユース🎵リサイクル🎵」、「バーゲンダッシュアイスクリーム」、「左笹山さん」など小ネタもおもしろかったです。
17. 赤木青緑「はて」
作中に現れる色の変化を楽しめる作品。古典的な風格を感じました。「色が間違えてしまったのです。うっかりしてたのでしょう。色だって間違えることはあります」という発想がおもしろかったです。
全応募作品の中でも特に、「記憶にございません」というテーマを比喩的に扱った作品だと思いました。新鮮で、勉強になりました。
赤木青緑さんは期間中にもう一作書いているようです。こちらの作品は「記憶にございません」というテーマをもっと直接的にあつかっています。
18. こい瀬伊音「ある藤原家の食卓」
主人公である夫の無責任感や頼れない感じにリアリティーがあって良かったです。「記憶にございません」というテーマの扱い方も上手だったと思います。
個人的には息子からたくましさを感じました。地頭という着眼点がおもしろいです。
「父さんみたいに実入りの少ない下級貴族として都にしがみつくより、地頭(じとう)にでもなって実利を稼ぐほうがいいんだ。武士の台頭は止められない時代の流れなんだから、これからは宮仕えよりマイルドヤンキーの時代なんだよ」
日ごろから仕事で高校生と接していますが、こんな分析ができる高校生?はめったにいないです。
しかし、小学校から塾に通い、「中高一貫の私立」を卒業した彼が立派なマイルドヤンキーになれるのか不安も感じます。マイルドヤンキーになるにも小学校の頃から修行が必要です。まずは今年の夏祭りの会場設営や櫓建てを手伝うところからはじめることをおススメします。
19. 日比野心労「対話」
表現だけでなく形式や構成も楽しめる作品。対話だけで構成され、客観的描写がないことでが、誰が正しいのか判断できない不安感を増しています。
最後の
*本作は本文にchat GPTの文章生成を使用しています。どこに使用しているかは明示しておりません。
という部分まで含めて一つの作品だなと、私は思いました。
心地よいめまいを味わえました。ありがとうございます。
20. 安戸染「接着」
出だしが最高です。
語り口調で書かれた作品。1時間で即興で書いたという勢いが満ちていて、古賀コンの条件とマッチしているなと感じました。
アルファードとヴェルファイアとオラオラ系のネタから話が壮大になっていく流れがおもしろかったです。
21. はしもとゆず「洗濯機から出てきた皿小ねじの巻」
1時間どころか30分でこんなに完成度の高い作品が描けるんだと、驚きました。イラストがかわいいです。
僕も部屋で謎のねじを発見したことが2回くらいあります。
イラストもありなんだと古賀コンの懐の深さを味わえた作品。
22. 虹乃ノラン「アロファオエ! 〜わが愛をあなたに〜 TAKE2」
軽妙な会話がおもしろい作品。この作品だけでももちろん楽しいですが、古賀コン3に参加した「シック・サンデイ!」も一緒に読むと理解が深まります。
僕は今回の古賀コンが初参加ですが、前回も参加している方は、前作の記憶があるのでより楽しめたのではないでしょうか。開催間隔が短い古賀コンの特徴をうまく生かしているなと思いました。
23. 草野理恵子「てです」「バネとねじ」
草野さんらしい、安定感がありながらもマンネリ感はなく、新鮮な驚きがある作品。「てです」は「頭から手が出ていても 本当に別にいいんだよ」という結びが特に印象に残りました。
「バネとねじ」では「脳が小さくなる前に私は眼科ばかりの街へ行きたいのです。 ねえ耳鼻咽喉科さん 腕にバネじゃなくねじが刺さっていたら眼科ばかりの街に行けるの?」という問いかけが心に残りました。
24. 柚木ハッカ「暴走秘書」
「記憶にございません」というテーマとストレートに向き合い政治家の問題を扱った作品。ストレートな強さを感じます。たしかに倫理観のないAIに経済的合理性だけに基づき軍需産業を擁護させたら強いのかもしれない、とディストピアを味わえました。
最後はロボット秘書に感情が宿ったのかすべてを暴露してくれて、スカッとできました。現実でもこういうことが起きて欲しいですね。
25. 松本玲佳 「失われた三日間」
途中までは体験談のように読める小説。段落が少ないのにスラスラと読め、作者さんの文章力の高さを感じました。好きな文体です「躰はネジが壊れたゼンマイ人形のように言うことを聞かず」など比喩も巧みでした。
病気で意識を失い記憶がないという内容は、応募作これだけでした。着眼点としても良かったと思います。
26. 闇雲ねね「置いてますか?」
全応募作のなかでもぶっ飛んだ内容。「その瞬間。佐々木の頭は活火山と化した。脳内のマグマが頭頂部の皮膚を突き破り、続けて天井をも打壊した」からの急展開に笑いました。
「佐々木は止めどなくマグマを噴射し、この駅の構内は爆温の脳汁であふれた。阿鼻叫喚の人々。その喧騒の中心に御座します佐々木。座禅を組み三角を形づくるさまは紛うことなき火山であった」とか「そうしてキオスクだったその場所は佐々木山となった。」とか最高です。「御座します」ってところが特にイイです。
27. エンプティ・オーブン「記憶にございません」
1時間で書くという古賀コンの設定を生かした作品。小説を書くことを小説にした小島信夫的な内容で、こういう方向性は好きです。僕も古賀コンの作品を書いているときの脳内はこんな感じでした。
28. じゅーり「斉藤ごめん」
楽しい設定の小説。関西弁が心地よい。語りの密度が濃いです。めちゃくちゃうまい。
最後までボケ倒すのかと思いきや、
「あと、お前、こころの底から戦争終わったらいいなっていつも願ってるけど、今も願ってるけど、今日も願ってたけど、終わってないねん。ごめんな。」
と急に切実な話になり心を打たれました。
29. 久乙矢「月とボトルメッセージ」
1時間で書いたとは思えない完成度の高い作品。久さんは六枚道場の時から構成が上手な作品を書いている印象がありましたが、X(旧Twitter)の投稿で構成の練習を日頃からされているようでしたので、日ごろの研鑽が生かされたのでしょう。
SF作品で即身仏が出てくるという発想も、ふだんSFを読まない人間からすると面白いなと思いました。
タイトルも内容もおしゃれで良かったです。
30. kc_kc_「幻影の中の宝」
ファンタジー設定の中に現実的な葛藤があらわれる作品。
「師範院を卒業した後は、徐々に、着実に、自分たちがそうなるまいと思っていた人間になり続けていたように思える。」という一文が特に心に残りました。
最後まで上手にまとまっている作品だと思いました。
31. 深澤うろこ「首」
不思議なことが起きているのに違和感なく読ませるのはさすがの力量だなと思いました。「舌の根元に張りつくような甘さが良かった」など生理的な描写が感情と結びついている部分が特に良かったです。ラストシーンも余韻がありました。
32. 野本泰地「コーンのマーさん」
記憶の不確かさを実感できる作品。語り口調が巧みです。さらっとおもいろいことを言う流れが全体的に好みでした。本当にあいさつを聞いているような臨場感がありました。
33. 長尾たぐい「この顔に覚えはありますか」
自分の顔に特徴がなく他人の記憶に残りづらいという設定が、テーマに対するアプローチとしておもしろかったです。
「ただし奴らが真っ当に生きている市民と違う部分がふたつある。ひとつは自分を成す負の側の大きさを、重さを、形を、その扱い方を心得ていること。もうひとつはそれをどう扱えば、自分にとって最大の利益が得られるかを考える頭があること。」という指摘は鋭く、心に残りました。
最後にスカッとできる作品でした。
34. 柊木葵「記憶にございません」
戦争の記憶を扱った作品。最後に明かされる真実に衝撃を受けました。過去や歴史に対する責任感が伝わりました。こういう作品を書いてくれる人がいて良かったと思える作品です。
35. 小林猫太「サイコレイダー」
小林猫太さんらしいパロディーに満ちた作品。こういう小説は滑りやすい気がしますが、ちゃんと面白く仕上げているのは、さすが小林さんだなと思いました。小林さんの人を傷つけない笑いが僕は好きです。
同時に、「記憶にございません」という難しいテーマに真剣に正面から取り組んでいます。また古賀コン3に応募した『新007/完璧な日曜日』シーン3とのつながりを感じさせる手法も連続出場しているのを生かした面白い試みだなと思います。
「サイコレイドを依頼されるような人間の精神世界は魔獣が棲む迷宮なのだ。現実が代々木公園なら、そこはアマゾンのジャングルなのだ。現実がドトールなら、そこはスターバックスなのだ。トールとかグランデとかってなんだ。M、Lでいいじゃねえか。ベンティに至っては覚えられすらしねえ」
というくだりが特に好きです。僕もスタバは怖いから入ったことがないです。
小林さんの作品は感想が盛り上がってしまいます。
36. ししゃも「楽しい」
楽しいというタイトルで本当に楽しい、強い作品。
銀行残高表示には笑いました。
「他にも普通におすすめなゲームがあれば教えてください。あとよければゲーム友の作り方も...
いや、よければそこの今この文を読んでいる貴方がなってください。」
などの読者に対する呼びかけもライブ感があって、古賀コンの雰囲気に合っていたと思います。文学のお祭りですからね!
37. 和生吉音「ハッピーセカンドライフプラン」
ワクワク感がある小説。おばあさんがかっこよかったです。
こういう方向性の作品は今回の古賀コンで珍しかったと思います。
しかし、おばあさんは何者なのか。過去を知りたくなりました。
38. ユニイコール七里「キヨスク」
エッセイやブログのような出だしからはじまり、『キオク酢』など逆が楽しい中盤、そして最後は予想外でした。展開が読めず、最後までおもしろく読めました。出だしの記憶に対する問いかけも、最後まで読んでからもう一度読むと、違った一面がみえてきます。
即興で書かれた雰囲気がありながらも構成が巧みな奇跡的な作品です。
39. 栗山心「Bar 記憶」
作中の「急行の止まらない私鉄の駅」の「昼間やっているのは、スナックに居抜きで入ったインドネパール料理店と、フィリピン家庭料理の店だけで、そのどちらもが定休日の日には、夕刻になって、ようやくここが廃墟ではなく、開店している店もあることが分かるようなタイプの場所」がちょうど近所にあるので、個人的には物語の世界に入りやすかったです。ちなみに相鉄線の三ツ境駅です。
「あの時言っておけば、と思うことが、テレビの裏の埃のようにたまりに溜まっている。そのうち発火してしまうかもしれないことを恐れている」など比喩も巧みでした。
文章も構成も完成度の高い作品です。
40. 津早原晶子「花の子ども」
出だしは病んだ美しい世界を描いた作品なのかなと思っていたら、「校舎の風下に住む近隣住人たち」から展開が変わり驚きました。「2024年3月3日23時〜24時の間に記憶障害を起こす睡眠薬を飲んでから書きました」と最後に記してあり、「記憶にございません」というテーマに最も正面から挑んだ作品だなと思いました。
41. 永田大空「じゃんけんなんかいでもやりなおしていいよ」
まずタイトルがいいです。全作品の中で、僕的には一番のタイトルです。もちろん内容もよかったです。
「だれもすすんでないのに、足したらこれでちゃんと一歩分だね」
などの印象的なセリフ、
「足の遅い男の子一人がいつまでも回って、回って、そのたび余計遅くなるから勝てないのがわかって諦めたのを公園の砂は足跡で気づいて、ほかの子供らを明日から一日一人ずつ転ばせようとしてみる。それは砂にとっての鬼ごっこであって、同じゲームをしているつもりなのにかたちや大きさが違うからどうしても同じ遊びになってしまわない。」
という砂場視点など、最初から最後まで魅力的な描写しかなかったです。嫉妬もできないくらいの才能を感じました。
42. げんなり「曲芸飛行」
文章力が高さを感じる作品。描写の精度が高い。
「色彩のない悪意の影のような近景に対してどこまでも空は青く、そしてそのかなた、一点が光ったかと思うと、たちまち複数の輝点に分かれ、後ろの鮮やかな色の煙を引きずりながら、曲芸飛行する飛行機の隊列が通り過ぎていく。赤青黄色緑色、風に震えて消えていく一瞬の轟音」
とか勉強になります。
バイオレンスは嫌いじゃないので楽しめました。
43. 佐藤相平「潰す」
自作。前半のバッタの話は悪くないと思うけど、後半はありきたりな話になってしまったのが反省点。タイトルも気に入っていない。
44. 我那覇キヨ「リュウが如く」
小説というよりエッセー作品。僕は格ゲーが下手なのでハマらなかったのですが、それでもリュウの魅力は伝わってきました。友だちの家でスマブラやソウルキャリバーをやるときはいつも応援係だったことを思い出します。
そんな僕でも、久しぶりに格ゲーをしたくなりました。
45. 群青すい「無限のかたち」
詩はあまり詳しくないのですが、
よく眠れる花のお茶をさがす
いつもの棚のあおい箱
死角から男がやってきて
わたしの名を呼んで壁になる
という冒頭部分が印象に残りました。視覚イメージとしておもしろいです。
最後に明るさを感じられるのも良かったです。
46. 藍笹キミコ「レッドオーシャン」
僕はSFは詳しくないですが、
「SFという広い海はもうレッドオーシャンだ。掘り尽くされて何処か重なるところが出てきてしまう。そんな中で深く書き込むことによって差別化する他ない。ショートショートは単純化することで薄焼き煎餅のようにパリリと風刺するのが醍醐味であるように思う。そして、思いあぐねて書くのをやめてしまった。」
というのは、他の文芸ジャンルのショートショートでもあてはまるなと思いました。僕自身、執筆途中で「これはありきたりな作品にしかならないな」と思って、書くのを中止したことが何度かあります。(「薄焼き煎餅のようにパリリと風刺する」って比喩が好きです」)
だからこそ、
「どんなものでも書き切ることが、作り終えることが大事だと。先人の作品は知っているに越したことはない。だが自分の情熱の上に重なってしまった場合、それが意図したわけではなければ、記憶にはなかったと、そう、言わせて欲しい。」
という結びは創作に関わるすべての人に刺さるのではないかと思いました。
47. 貞久萬「チェリオス効果」
「謝ると死ぬ病」という発想が最高でした。
「屋根の上ではカラスが祖父の亡骸をついばんでいた。」ということは、祖父は謝ったせいで死んでしまったのでしょうか。
「でもごめん、それ食ったの私だ。昨日の夜。と心の中で謝る。」という1文がありますが、主人公は死んでいないので、心の中で謝っても死なないんだ。
など考察がはかどる作品です。
「世の中の辛酸を男達に教える仕事」というのも何だか気になります。
「愛を語る前に私は女の皮膚を着た 。」という終わり方も良かったです。
48. 山崎朝日「一日午前零時の誓いと監視者の眼」
クオリティーの高い描写で多忙な日常を切り取った作品。
僕は洗濯が好きなんですが、そんな僕でもこの作品の登場人物のように一日に何度も洗濯していたら嫌になると思います。
「サークルのレポート」とは何なのかで主人公の立ち位置が変わります。さいしょはレポートといえば大学生、と思いましたが、「両親に十時のお茶を出した」ということは、両親は高齢なはずなので、主人公はある程度の年齢で、サークルは文藝サークルなのかなと読みを改めました。主人公が大学生だとしたら辛すぎます。
「ちゃんと、自分で決めたことは実行した。」ということは、自分が決めたことじゃない、外から押し付けられた仕事は実行しきれないんだなとかなしくなりました。
ネコに癒される人が多いのに黒猫に追い詰められているのもせつないです。元々は黒猫は不幸をもたらすものかもしれませんが。
感想を書いているうちに、多様な読み方ができる小説だなと気づきました。奥が深いです。
49. 化野夕陽「引き換えるもの」
一時間でファンタジ―世界をつくり上げるのは困難なはずですが、見事にそれを達成された作品。全応募作の中でもかなり分量がありますが、話としてまとまっています。筆力があってうらやましいです。
質の高い感動を味わえます。
50. 朧「配列を忘れちまつた遺伝子に」
カッコよさとユーモアが融合した詩。タイトルは中原中也の「汚れつちまつた悲しみに」のオマージュですが、内容は萩原恭次郎や高橋新吉などの戦前のダダイストの詩を彷彿させます。文字表現としての魅力だけでなく、声に出してみるとリズム感の良さも楽しめます。
51. のべたん。「記憶にございません」
政治家の答弁を扱った作品はいくつかありましたが、その中でも最もストレートに政治家に対する怒りをぶつけた作品。僕はロールパンナちゃんのことは覚えていましたが、ドラリーニョは記憶にございませんでした。ググって思い出しました。サッカーが得意で物忘れが激しいキャラ。なるほど。
しかし政治家の方々はロールパンナちゃんのように悪の心と正義の心の間で揺れ動いているのでしょうか。はじめから正義の心なんてなさそうな方もいる気がします。
どちらのネタも世代なので楽しめました。子どもの頃を思い出せて楽しかったです。
52. 猫の踵「潮騒」
かなしい恋愛小説。「波音をポケットから取り出す」というのがオシャレでいいです。はじめからおわりまで「波」のイメージが効果的だったなと思います。浜辺で読みたい小説です。
53. サクラクロニクル「寂しさの理由、海の底」
2作連続で「波」「潮騒」つながりです。運命を感じます。
シンプルにまとめた猫の踵さんの作品に対して、サクラクロニクルさんの作品は凝った構成です。
本人はこうおっしゃっていますが、特に破綻している箇所はなかったと思います。「天才とは量である」的なことを誰かが言っていたと思います(たしかシュンペーター)。たくさん書けるというのはそれだけで才能です。うらやましいです。
54. 日より「白忘」
白い靄と蝋燭のあかり
煙のように舞う君に
目玉焼きをのせて
もう二度と見失わないように
という冒頭が特に好きです。目玉焼きに意外性があって良かったです。
また空や星に広がっていった情景が、最後の
わたしは自分を重ね
ただ観察している
で収束していく感じも良かったです。全体として清潔感がある詩でした。
55. はんぺんた「チョコレートケーキの思い出」
文字の背景までこだわっている作品。食べ物の話は読みたかったのでうれしいです。味の記憶は意外と忘れないですよね。
うまく完成されている、ショートショートのお手本のような作品でした。
56. ねぎ「記憶にございません」
大学生あるあるの作品。たぶん。僕自身はこんな楽しそうな大学生活、記憶にございません。
登場人物がみんな適度に問題があるところが良いです。好みの世界観です。最後も良かったです。僕は途中から黒田は怪しいと思っていました。
57. 春雨こんぶ「蟷ク縺�座さんの星模様〈2024年春の運命〉」
星占いのパロディー。僕はパロディーが大好きで、自分でも感想文のパロディーを2回やってるくらいなので楽しく読めました。
あまり星占いをみない僕でも見覚えを感じるくらい、見事に星占いっぽい文章を再現しています。
ネタや皮肉に走るパロディーが多いですが、この作品は最後を幸せにまとめているところも良かったです。
とか書いてから改めて読み直したら、ふつうに不穏なことが書いてありましたね。(「星読みの世界では、赤く輝く星は、エネルギー、情熱、性愛、ときに攻撃性を司る星とされます。多くのケースで危険視され、ときに凶兆として読み解かれることもあるほどパワフルで、大きな影響を与える星です。」)
じっくり読むと洗練された悪意に気づけます。
58. それいけ!まちか2世「報告書」
心理描写が丁寧に書かれた作品。「村上さんはサボり癖はあっても嘘つきではなかった。」という一文が心に残ります。語り手の繊細さに共感できました。少しの業務の変化が人間関係も変えてしまうというのは僕も経験があります。
こういう作品が書きたいと、個人的に思います。参考にしたいです。
59. 萬朶維基「アイスクリーム帝国の大予言」
ノストラダムスネタだけで書ききった傑作。真面目に変なことを言っている小説は好きです。「アンゴルモアの正体は……あんころ餅なのだ。」とか笑ってしまいました。テンションが高くてすごいです。トッポのように最後まで中身がたっぷりありました。
60. 只鳴どれみ「森の女」
「エキサイティングエキサイティング!」な小説。僕も読んでいるうちに茂みがエキサイトしてしまいました。「行け行けー! 行くぞー! 茂るぞー! 行きます行きますー! ね? 好きよ、そういう感じ。進め進めー!」と、楽しく読みすすめることができます。
本当に無の状態から即興で書いたんだというのが伝わってきて好感が持てます。この作品を書くのは楽しかっただろうな。
(苦しみながら書いていたのならすいません。)
61. 夏目ジウ「追憶」
感動の恋愛小説、かと思いきや最後に笑いがあります。
「拳の記憶よりも、愛の追憶は遥か深い。」という1文目の意味が最後にわかるのがエモいです。①最初から計算して書いていたのか②偶然なのか③最後まで書いてから1文目をつけたしたのか、書き手としては気になります。
62. 高遠みかみ「記憶喪失集」
知的な作品。
「神に知り合いはおりません 1213年 造反者」ではじまり、「はい、もちろん、あなた方の神のみを信じております 509年 改宗者」で終わるのが良いです。「いいですか、今までの包丁はわすれてください 2000年 セールスマン」というネタも好きです。
全部の年号を調べましたが、特に歴史的事件との関連はないみたいですね。もし発見がありましたら、お知らせください。
作品とは関係ないですが、僕も末端冷え性なので親近感を勝手に覚えました。
63. 紙文「ミョウガを食えおじさん」
ネタとシリアスさが融合した作品。哲学的な雰囲気もありますが、そんな真剣な話なのかという怪しさもあります。分類が難しい独特な魅力。ちなみに僕はミョウガはまあまあ好きです。
ずっと「しぶん」さんだと思っていましたが、「かみかざり」さんなんですね。
64. 1/2初恋、あるいは最後の春休みの「わらしべ忘者」
政治家を題材にした作品は今回多かったですが、政治家視点の作品はこれだけでした。意外な盲点。発想の勝利だと思います。
「記憶にございま千円ちょうだい👌💰」に笑った後でかなしくなりました。さすがにこんな政治家はいないだろと言いきれないところが辛いですね。
大好きなので繰り返します。
「記憶にございま千円ちょうだい👌💰」
「記憶にございま千円ちょうだい👌💰」
「記憶にございま千円ちょうだい👌💰」
政治家がこんなことを言ったら、たしかにバズりそう。バズってほしくないけど。
65. 継橋「正しく」
真っ当なことを真っ当に訴える小説。「記憶にございま千円ちょうだい👌💰」の後だったので、落差がすごかったです。
「「記憶に無い」ってさあ、覚えてる奴しか言わないと思うんだよな。」というはじめの問いかけも、「それじゃあ問題だ。お前、今自分のしたことを「正しい」と思ってたか?」という最後の問いかけも、色々なところに刺さるはずです。
作者さんの正義感と真摯さに心を打たれました。
66. 入谷匙「穴の底から」
象徴的な作品。小説ですが、詩のような豊かなイメージの流れがあります。「記憶にございません」というテーマを風景で表現したところが独創的で、魅力的です。机が織りなす円環が印象に残ります。
こういう客観的で精密な描写は好きなので参考にしたいです。
67. 蒼桐大紀「ラブレターの裏側に」
蒼桐大紀さんらしい質の高い百合作品。
「縁にレースのついた真っ黒な日傘の作る陰が私にちょっとかかっている。」など細かい描写が良いです。二人のいる親密な空間が想像できました。
「詩乃は存在自体が物語のような女の子だった。」からの、人物紹介も素敵です。蒼桐さんの作品に登場する女性はみんなとても魅力的でうらやましいです。
久しぶりに蒼桐さんの作品を読めてうれしかったです。
ラストにふさわしいさわやかな物語でした。
最後に
参加者の皆さん、そして古賀さん、ありがとうございました。
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英語を教えながら小説を書いています/第二回かめさま文学賞受賞/第5回私立古賀裕人文学賞🐸賞/第3回フルオブブックス文学賞エッセイ部門佳作