自ら新しい土俵にあがる末娘
今日は、終業式。
娘ふたりとも1学期が終わります。
長女は、一日も休まず学校に通いました。
末娘は、一日も学校に通いませんでした。
ふたりとも立派。
今の私はそう思います。
じぶんの人生として、自ら選択していることが、素晴らしい。
学校というものは社会がつくったもの。
システムのひとつ。
大きいから不安になるけれど、土俵に上がるかどうかは、じぶんが選択していい。
土俵に上がらないこと
学校に通わないことは「負け」ではありません。
何のために、土俵にあがるのか?
じぶんらしく楽しく生きるため。
学校、結婚、就職、組織、家族…
じぶんを削り、最悪命を落としてまで、あがっていなければいけない土俵など、どこにもないのです。
そんな末娘は、新たな土俵にあがります。
「高校受験」
やりたいことを叶える手段として、ここから7か月、受験勉強という土俵にあがることを自ら決めました。
どうなるのか、私は全く心配していません。
というのも、まわりがどうであれ関係なく、彼女はじぶんをよく観て、じぶんのために土俵を降りられる人だから。
追い詰められ、潰れることはないでしょう。
なので、私は夏場所を見るような気持ちで、楽しみながら応援しています。