【読書感想文】小川哲『嘘と正典』
Audible。
初小川哲。
本の感想は、読んだ時期や読み手の経験、情緒に大きく左右される。
何の予備知識もなくこの本を読んでいたら、若いのにすごい作家だ、と手放しで称賛しただろう。
直木賞を取られてメディアでもしょっちゅうお見かけするようになったので、どうしても虚心坦懐にというわけにはいかない、と前置きをまずしておこう。
収録作品は、どれもある水準には達しているが、「どうしてもこれを書きたい」という熱意は感じられなかった。
情報収集能力、構成力、筆力のすべてにおいてそつがない。
しかし「俺はこの作品にいま持てるすべてを注ぎ込んだ」「この話は俺にしか書けない」といった自負も感じられない。
しかしその才能は十二分に伝わる。
小川哲という作家のショーケースみたいだ。そして、困ったことに、そのアプローチは正解でもある。
「俊英」という売り文句がぴったりだ。しかし時代が求めているのは天才だ。
期待値が高すぎたのだろうか?その期待に答えてくれるのを期待したい。
『魔術師』A
新奇さはないが、アプローチがおもしろい。
『ひとすじの光』A
『ベルが吠えないのか?』を思いだした。素材選びがうまい。
『時の扉』A-
語り口が好みではなかった。野心的な挑戦だったのだろうか。少し理屈っぽい。
『ムジカ・ムンダーナ』A+
傑作。好み。手練のテクニックだ。
『最後の不良』B-
もっと練ってほしかった。テーマはおもしろいけど、ありきたりでもある。
『嘘と正典』A+。
おもしろい。SFとエスピオナージが見事に融合している。センス・オブ・ワンダーに満ちている。自殺用カプセルの取り扱いが勉強になった。
総合A+。
なお、今回の画像のタイトルは「お外晴天」である。