選ばれなかった人、がいつも気になる
今朝は、先週からめちゃくちゃ楽しみにしていることがあった。
朝の情報番組スッキリで、BMSGのSKY-HI、ショウタ、レイコの3人がライブをするのだ。
「THE FIRST」の最終審査メンバーで、私の推しはショウタとレイコだった。
残って欲しい!!頑張ってほしい!!!と思う反面、選ばれないんじゃないか、という想いもずっとあった。
そして、それは当たった。
だから、最終メンバー発表のあとの流れは、座って崩れ落ちるショウタと一緒に泣いていた。
そして、言いあらわす言葉が見つからないのだけど、SKY-HIさんすごい、と思った。
◆選ばれなかった経験は、ずっと残る。
選ばれなかった経験は、私にもめちゃくちゃある。
幼稚園から小学校にかけての私は、外に出ると、まったくしゃべらなかった。今でいう、『場面緘黙』の症状がずっと出ていたんだと思う。
大人になった今、調べるとそうかも、って思うだけで、同時はただの「おとなしい子」「恥ずかしがり屋」でしかなかった。
だから、友達からも選ばれなかった。
絵とか作文が選ばれた経験はあるけど、それは母が手直しをした作品であって、私の本当の実力ではない。
この頃から、目立つのや、選ばれるのは『恥ずかしい』『イヤだな』と思うようになっていた。
中学のとき、始めて告白された。
選んでもらった、選ばれてうれしいはずなのに、『選ばれた自分』に違和感しかなくて、もっともらしい言い訳を言って、自分から別れを告げた。
その頃にはもう、私は選ばれない人、というセルフイメージが出来上がっていたように思う。
そのあとは、いちおう人並みに、フラれたり、就職活動もお祈り続きで凹んだりした。
今になって思うと、最終的には選ばれてる経験もかなりあったのだが、あの頃はそれを認識できておらず、「ああ、わたしってやっぱりダメだなぁ」のくり返しを、30歳くらいまでずっとしていた。
◆選ばれなかったから、輝けないわけではない
でも、人生「選ばれなかったから、そこで終わり」ではないと思う。
たしかに凹むし、
悔しいし、
わーーーー自分ダメだーーって思うけど、
決して、そこだけではない。
選ばれなくて凹むときって、普段は180くらいある視野が、3〜5度くらいにキュッとせまくなってて、そこしか見えてない状態なのだ。
今朝のライブでは、歌う前のインタビューのレイちゃんの言葉が印象的だった。
僕のペースで、僕のレールでステージに立てればそれでいい
うん。
本当に、そう。
就職活動でも、いわゆるお祈りメールが続くと、自分は世の中から必要とされてないんじゃないかって思っちゃうけど、その時はたまたま、『その条件』に合わなかっただけ。
そして最終審査のときも、選ばなかった理由に加えて、ほかの道、ほかのルートの方がもっと輝けるんじゃないか、と可能性にフォーカスした言葉をくれたSKY-HIさんは、心からすごいと思った。
ショウタの今日のパフォーマンスもファッションも、すごく良かった。
オーディションの頃から、私はショウタのやわらかな声とファッションが特に好きで、本当に好きなものを身につけている、着こなせているなぁと毎回感動している。
インタビューで服装について、「カメレオン的に」って言っていたのも印象的だった。
自分はこう、とあえて決めないところに共感したのかもしれない。むしろ、もっといろいろ見れるなら、それだけで嬉しい。
そんなわけで私は、これからのBMSGも、SKY-HIさんも、ショウタもレイちゃんもルイもランくんも、みんなみんな応援しています。
「選ばれなかった」の言葉はずっと言われるかもしれないけど、きっと、それがマイナスになるような環境では決してないと思うから。
ちなみにBE:FIRSTではジュノン推しです。
好きな人、応援したい人がいるって幸せだ。
ありがとうございます。