アツアツのとり天とぬるくなったカイロと、冷めていく空気と。
水曜日は揚げ物の日、と我が家では相場が決まっている。
いつ頃だったかは忘れたが、私が水曜日を揚げ物の日と決めた。揚げ物は面倒臭いが、かなり美味しい。そして、ビールに合う。週末までの給水スポットのお供として、揚げ物の右に出るものはいない。
今日の揚げ物は、とり天だった。
大分名物のとり天。九州に住む福岡在住の私にとっては、なんだか馴染み深い。とり天は、下味をつけた鶏肉に衣をつけて揚げるだけで、美味しいおかずにも、つまみにもなる。
私は、その日、胸肉を揚げることにした。いつもより下味をしっかりつけてみようかと思い、唐揚げと同じような下味をつけた。
冷蔵庫にあった焼き肉のタレに、生姜に醤油、にんにくに砂糖。
醤油色に染められた鶏胸肉を、つけダレごと天ぷらの衣とあえて、やや中火で揚げることにした。油に入れられた鶏胸肉は、ジュワジュワと泡立ち、桃色だった肌の色が白く濁っていく。終いには、こんがりと茶色く揚げられて、鶏胸肉は、素手で触れることができない程、熱くなっていた。さながら、ウブだった女子中学生が、成長とともに黒ギャルに変わっていくかのような変貌だった。
ギャルは無敵。そして、とり天も無敵。
向かうところ敵なしのとり天に、調味料はいらない。
私はそのまま、とり天にかぶりついた。
あっつあつのとり天からジュワッと肉汁が溢れる。濃いめの味付けのおかげで、すぐにビールが恋しくなる。私はグラスに入ったビールをグビリと飲み干した。う、
うまい!
唐揚げもうまいが、胸肉ならとり天の方ががいいかもしれない。厚めの衣が鶏胸肉の水分を逃さずに、しっとりと仕上げてくれている。しかし、衣はサクッと。つけダレも衣に混ぜたので、衣もしっかりと醤油味。大雑把に作るからこそ、出せる味。それはまさしく家庭の味。同じものをまた作ってほしいとリクエストされても、二度と同じ味は再現できないけれど。
熱々のとり天とは対照的に、私のそばで冷めていくものがあった。夫への愛情か?noteへの熱か?いやいや、そうではない。
私のそばで冷たくなっていくもの。
それは、カイロである。
昨日、実家に行ったところ「カイロって使いかけのやつを、袋で密閉しておけば、また再利用できるらしいよ」という話を聞いた。空気に触れてあたたかくなるカイロ。ということは、空気に触れさせなければ、あたたかくはならない、という理屈らしい。
半信半疑だった私は、実験してみようと、昨日、使いかけのカイロをジップロックに入れてみた。そして今日、使いかけだったカイロを再び袋から出して、使用した。
実験結果がどうだったかといえば、新しいカイロほどではないけれどちゃんと、あたたかかった。ややぬるめ。しかし、普段なら一つしか使っていないカイロを、今日は二個、体に貼って使うことができた。新品のカイロと併用して使えば、より一層、全身がポカポカと温まる感じがした。
私は帰宅後、早速、その話を夫にした。
今日開封したまだあたたかいカイロをジップロックに入れながら、「ほら〜。おとんもやってみなよ」とあたかも自分が仕入れてきた知識のように、私は夫にカイロ再利用を勧めた。そしてドヤ顔で、ジップロックを見せびらかした。夫は軽く笑いながら、「ほらよ」とカイロを私の袋に入れた。
「明日、これで、さらにあったかくなるね」
私はにっこりほほえんだ。
夫は私の言葉に続けて言う。
「俺は、使わんよ。おかん使いな」
カイロ再利用を軽視するように軽く笑う夫に、私は思わず舌打ちをした。そして思う。まさか、夫は大量の使いかけカイロを私に渡して、私に新品を使わせないつもりだろうか。考えすぎかもしれないが、夫が私に使いかけのカイロを渡した意図が、私には分からなかった。さっきまで朗らかだった暖かい空気が、一瞬で冷めていくような気がした。ジップロックにしまわれたカイロも、心なしか急速に冷たくなっていく。私は、眉間に皺を寄せて、キッと夫を睨んだ。
「使いかけをもらっても、新品も使うけんね!明日は全身カイロまみれで仕事に行ってやる!」
夫は私の発言を特に気にする様子もなく、楽しそうに犬とじゃれ始めた。夫の使い古したカイロは、果たして、私を温めることができるのだろうか。そして、私の心も温めることができるのだろうか。乞うご期待!