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『偽る人』(揺れる) (第60話)
マッサージ
房子は以前、車で迎えに来てくれる年配の女性のマッサージさんの所に行っていた。絵手紙の先生が紹介してくれた人だ。
そのせいか、房子はそのマッサージさんにずいぶん気を使っていた。マッサージさんは、車の送り迎えの際にも、慇懃(いんぎん)な応対をする人で、房子は送ってもらうといつも、恭子に挨拶をするように、車の所まで呼んだ。盆暮の贈り物もしていた。
そのくせ、いつも、頼んだところをなかなかもんでくれないと言って、不満を言う。かと言って、房子は決して直接文句を言うようなことはしなかった。
その後、家に勉強にきていた生徒の親の紹介で、週一回、中年の男性のマッサージさんに訪問してもらうようになった。すごく良く効く、ということだった。料金もずっと安かった。
そのマッサージさんは、よくしゃべる人で、施術してもらいながら、いろいろ話をするようだった。
以前より、もみ方も満足できるようだったし、それはよかったのだが、気になることがあった。房子の虚言癖だ。
マッサージの間中話をしているとしたら、話題もいろいろあるだろう。地域を回っている人なのに、作り話をいろいろされたら、かなわない、と思った。
その日は、四月の終わりで、気温がかなり高めだった。
マッサージは、恭子達の寝室である和室を使う。
マッサージの人が来る前に、いつものように、和室に分厚いマットレスを敷いて、枕とタオルケットなどを用意しておいた。ただでさえ、冬でも暑そうに半袖をきているマッサージさんが、閉め切った小さな部屋では堪えられないだろうと、窓を開けておいた。
けれど房子は人一倍寒がりだ。あとで窓は閉めようと思っていた。
房子には、朝、窓が開けてあることを伝えて、閉めてね、とは言ってあった。まさか暖房は要らないわよね、マッサージさんが暑くて可哀そう、とも言った。
ところが、忙しさに追われて、恭子は窓を閉めに行くのを忘れてしまっていた。
マッサージさんが帰る時、庭で花に水をやっていた恭子は、思い出して、
「うっかり窓を閉めに行くのを忘れたんですが、大丈夫でした?」
と訊いてみた。すると、
「『暖房をつけると、娘さんに怒られる』と言ってました。」
と自転車を移動させながら、マッサージさんが答えた。
「毛布を二枚かけて、がたがた震えてました」とも、真顔で言う。
「え~?」
と言ったら、マッサージさんは、
「いえ、言わないでください。僕の聴き間違えかもしれないですから」
と慌てた。聴き間違え、なんて、あるはずもない。
なんて悪意に満ちた伝え方をするのだろう、と気分が悪くなった。
二階に行ってみると、房子は毛布を片付け始めていた。そんなことをするのは珍しかった。房子は、そのまま自分の部屋に行って、長い間眠ってしまうことが多い。見ると、和室の窓は開けたままで、障子戸だけが閉まっていた。
恭子がマッサージの言葉を口にすると、房子は真顔で否定した。本当に、悪びれた様子もない。房子が嘘を言う時は、いつもそうだった。呆れるほど何も知らない顔をするのだ。
何も言わないのに、マッサージがそんなことを言うはずがない。どうしてこの人は、そうやって、自分の娘のことを他人に悪意を持って伝えるのだろう。しかも、本当に、真実のように。
一時間近いマッサージの間、房子はいつも、どんな話をしているのだろう。
また、自分の立派な話と、それをもちあげるために娘を貶める話をしているのかと思うと、気分が滅入った。
登場人物紹介
恭子:60代の主婦。兄嫁と折り合わず、家を飛び出してきた実母に苦しみ、「反感」と「情」の間で心が揺れ続ける。
房子:恭子の実母。気が強いが、外では決して本性を出さず、優しく上品に振舞う。若い時に夫(恭子の父)を亡くし、塾を経営して蓄えたお金を偏愛する息子に貢ぎ続ける。
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