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漢字の書き順を学ぶ意味はあるのか|巨人の肩の上に立つ

先日、お子さんを持つ保護者の悩みを聞く機会があり、非常に印象に残ったことがあります。お子さんが勉強の意義が見出せずに勉強すること自体を放棄してしまったようです。

保護者によると「翻訳をしてくれるツールがあるのになぜ英語の勉強をする必要があるのか」「コミュニケーションは全てチャットやメールで行われ、変換機能があるにもかかわらず、なぜ漢字の書き順を覚えなくてはいけないのか」という疑問から、学校の授業に興味関心を示せずに放棄してしまったとのことです。

子供の疑問は純粋であるがゆえに本質的なこともあり、これらの疑問に納得してもらえる説明をするのは難しいかもしれません。説明をする側の大人の方が翻訳機能で英文を和訳して読み、スマホの変換機能でチャットをしている張本人であるから尚更です。

こういった疑問に対してどの様に向き合っていけばよいのか、あらためて考えさせられる出来事でした。

色々と考えてみたところ、昔から伝えられている格言にひとつのヒントがあるように思います。「巨人の肩の上に立つ」という言葉です。

この言葉は、先人が残した業績にもとづいて仕事や学問に取り組むことを表現しています。


コンピューターの歴史

現代の子供たちはデジタルネイティブとも呼ばれ、生まれた時からスマートフォンが存在していた世代です。つまり翻訳ツールがあるのも当たり前で、チャットをする時に自分にとって都合の良い漢字が予測変換でサジェストされることも当たり前の世代です。

こういった当たり前にもなったデジタルツールがどの様な歴史を経て形成されていったかを体系的に知ることができる本があります。

スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクの伝記で有名なウォルターアイザックソンの『イノベーターズ』という本です。

この本が語る歴史は1843年から始まります。コンピュータの母といわれる伯爵夫人エイダ・ラブレスから始まり、アラン・チューリングが提唱したコンピューターの概念、プログラミング、トランジスタの発明など、様々な人物が関わってきた歴史が縦横無尽に繰り広げられ、Googleの存在までたどり着くことになります。

例えば、パソコン操作で普段から使う「マウス」の開発秘話も描かれています。

コンピューターで人間の知能を増強する方法を考えることに情熱を注いだダグラス・エンゲルバートというエンジニアが登場します。

今では日常的に活用しているマウスは、エンゲルバートの「人間が機械とたやすく対話する方法の研究」のもとで開発されたものです。今では無線に取って変わりましたが当時は有線だったので、コードが尻尾のように見えることから「マウス」と名付けられます。

その後、グラフィカルユーザーインターフェース(GUI)の開発が進み、1984年にAppleがMacintoshを発売したことで一般消費者に定着するまで、コンピューターへの指示はクリックやドラッグアンドドロップではなく、暗号の様に見えるコマンドを打ち込んで操作する、一般消費者には専門性が高すぎるものだったのです。

小中学生でも直感的な操作でスマートフォンが使えるようになるまでには、偉大な先人達の開発の歴史が潜んでいることがわかります。

医療の歴史

プロフィールにも書いた通り、僕は過去にがんを患った経験があり比較的若い年代で死を意識する経験をしています。

そのため、医療の歴史を知ることで、先人が紡いできた歴史に自分が生かされていると実感することが多くあります。

その事実を実感することができたノンフィクションがあります。シッダールタ・ムカジーの「がん-4000年の歴史-」です。

医学的な視点や闘病記の様な患者視点の作品が多いなか、本書はがんの歴史にスポットをあてている珍しい一冊です。

ここで描かれているのは、古代エジプトの医師が「治療法はない」と述べたところから、現代の分子標的療法まで4000年にも渡る「がん」と人類の長い闘いの歴史です。

がんの原因と治療法の解明を進めていく過程で、「根治手術」として腫瘍だけではなく周囲の臓器まで徹底的に取り除いてしまう手術に正当性が見出されていた時代があります。

しかし、その手術によって肉体に残った傷に苦しむ患者もいれば、若い女性や高齢者の身体を切除することに躊躇いを感じる執刀医も存在します。

また、放射線治療や化学療法の発見の歴史や、それによる副作用に苦しむ患者の物語も語られています。

ここでは書ききれませんが、これらの過程を読み進めていくことで、多くの医師や研究者だけでなく、多くの患者たちががんと闘ってきた歴史があることを知ることができます。もちろんその闘いの結果、多くの人が命を落としています。

これら長い歴史のストーリーを知ることで、当時の僕の治療においても、それは個人の闘病ではなく、多くの医療従事者と患者たちによって積み重ねられた現代医療がもたらしたものだと実感することに繋がりました。

なぜ勉強をする必要があるのか

コンピューターと医療の歴史を考えたうえで、あらためてこれだけ便利な時代において、なぜわざわざ勉強をする必要があるのかを考えてみると、「巨人の肩の上に立つ」の考え方に帰結することになります。

現代人が様々な事を実現できているのは現代人に能力が備わっているわけではなく、先人の偉大な功績を活用することができているからです。

そして先人の偉大な功績を知ることから、ようやく新しい何かを発見することができるようになります。

コンピューターもがん治療も、これからの将来にわたって更なる発展が求められています。

それら新しい課題に立ち向かうためにも、先人たちの偉大な功績を知るべく基礎的な勉強をする姿勢を忘れないようにしたいものです。

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