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誰かの物語を欲する時|音楽の様な読書

2023年はビートルズが最後の新曲「Now and then」をリリースしたり、ローリングストーンズも18年振りのアルバムをリリースしたり、往年のロックファンにとって盆と正月が一緒に来たような一年だったと思います。

そのため今年は学生の頃のように熱心に音楽を聴き、あらためて音楽について考えた一年でした。

社会人になってからは学生時代に組んでいたバンド活動もできなくなり、僕の趣味は音楽から読書へと、複数人ではなく一人でできる趣味に移行していったのです。

しかし、複数の趣味にのめり込んだ経験を経たことで、音楽も読書も個人に対してそれぞれ異なる影響を与えてくれる芸術であると気づくことができました。

様々なコンテンツにアクセスできる現代において、自分にあった芸術は何か、考えてみるきっかけになれればと思います。


音楽は「脳の虫」|頭から離れないメロディー

音楽の魅力は言語化できない側面が多く、その魅力が人間の営みに必要なことである、という説明はなかなかできません。

あのダーウィンも、作曲をする人間を「最も不可解な才能の部類」と評し、フロイトも「説明ができないことが多い」という理由で音楽を嫌っていたようです。

読書にも運動にも音楽のような「不可解な魅力」はありません。なぜ我々はこんなに音楽に夢中になるのか、あらためて考えてみるとなかなか説明することは難しいのです。

それでも「一度聞いた音楽のメロディーが頭から離れない」そんな経験をしたことがある人は多いはずです。メロディーや楽器の音色、リズムがもたらす中毒性が発生します。

脳神経科医で作家のオリヴァー・サックスは、この様な耳に残るメロディーのことを著書で「脳の虫」と表現しています。

こういった傾向によって、気に入った音楽を何度も何度も聴くこととなり、そのうち口ずさむようになり、だんだんと脳内に定着していくことになります。

その後、長い月日を経た時に、ふとそのメロディーを思い出すことがあります。

再び脳内に蘇った音楽を聴き直したその時にようやく、その曲が表現していた本当の意味を解釈することが非常にたくさんあります。

「あの曲が言いたかったのは、そういうことだったんだ」と。

「脳の虫」となる音楽の中毒性は、こうして強い影響を与えてくれています。

誰かの物語を生きる|本能的に欲する読書

一方で、読書がもたらしてくれる魅力について考えてみます。

ビジネス書や学問に関する本など、読書という行為は、人が生きていくうえで役に立つ知識を得ることができます。非常にわかりやすい魅力です。

知識を蓄積していくために本を読むこともあれば、人として成長していくために本を読むこともあります。

この様に、未来の自分のために本を読み「読書は自己投資だ」という考えを持つ人も多くいるのです。

しかし、個人的な体験を通して、読書の必要性は何も未来への投資だけではなく、音楽と同様にもっと直感的な行為だと感じたことがあります。

プロフィールに書いた通り、僕は20代の前半にがんを患った経験があります。その時は明確に「死」を意識しながら、肉体的には極度に衰弱していた状態で日々を過ごしていました。

死を目前に衰弱していた当時、かつて熱中していた音楽を聴く気になれませんでした。音楽を聴く行為にはエネルギーが必要で、当時はその元気が湧かなかったのです。

そんな時に僕が必要としたのが読書です。自分以外の人間の物語に思考を巡らせて、他人の物語を生きることを必要としたのです。

2023年に出版されたミシェル・ウェルベックの『滅ぼす』に当時の心境に近い描写がありました。この小説には病気や死がひとつのテーマとして盛り込まれており、死を意識した主人公が自宅の本棚のシャーロック・ホームズ全集を見つけた時に、その詳しい心境が語られます。

本の他には何がこのような効果を生み出せるだろう?映画ではないし、音楽はもっと違う。音楽は健康な人に向いている。だが、哲学もふさわしくないし、詩も死にかけている人には向いていない。何が何でも物語作品が必要である。自分以外の誰かの人生が語られていなければならない。

『滅ぼす(下)』/ミシェル・ウェルベック(河出書房新社)P.272

この語りに科学的な根拠は説明されていませんが、この様に死を意識した時に物語作品を欲していたのは、当時の僕だけではなかったようです。

本当に衰弱している時には、自分が何を欲しているのか、非常に明確にわかります。どうやらそれが「他人の物語」である読書だということもあるようです。

この様に考えると、読書は未来への自己投資として読むだけのものではなく、頭から離れなくなる音楽のような、本能的に欲する芸術性も持ち合わせているのかもしれません。

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