中年太りと瘦せてる人|隣の芝生は青い
自慢するわけではないけれど、僕は30代も後半に差し掛かったいわゆる「中年」なのだが、体型が極めてスリムである。背は低いが、体重は50kgに満たない、痩せ型の体型をずっと維持し続けている。
「維持している」といっても、何かしているわけではなく、そういう身体になってしまっただけである。20代前半の時に胃がんに罹ってしまい、手術で胃を全摘出してしまったからだ。胃のない身体で太ることなど絶対にできない。
「中年」に差し掛かって、同年代と話すと体重の話になることがあるが、みんな口を揃えて「中年太り」を警戒して生活をしているらしい。若い頃に比べて収入も増え、その反面仕事のストレスも増えているからか、食事の量は増えてしまい、運動する時間を取ることも難しくなっているのかもしれない。
そんな周りの中年男性を尻目に僕は食事量を節制しようと思ったことなど一度もなく、それでいて体重が50kgを超えることも一度もない。昼食はそもそも食べないことが多いし、飲み会に行っても食事にはほとんど手を付けずに酒だけを飲み続けながらしゃべってばかりいる。
こうしていると、時々「瘦せていて羨ましい」といった声掛けをされることがあり、「どういう生活をしているのか」と質問もされてしまうが、基本的に好きな物を好きなだけ食べているし運動もしたい時だけしている、と正直に答えると、ますます羨ましがられるリアクションが返ってくる。
一般的には好きなもの(揚げ物とか甘いものとか)を食べた時は、それを帳消しにするかのように運動をしたり、翌日以降は我慢をしたりしているらしい。それでも体重はコントロールができず、好きに飲み食いしていて痩せ型の僕が羨まれるというわけだ。
確かに「絶対に太らない」というアドバンテージは他には代え難い特権なのかもしれない。世間では、製薬企業のイーライリリーが痩せ薬を開発したり、フィットネスのチョコザップが全国に急成長したり、「痩せたい」ニーズがどんどん拡大していることは明らかなのだ。それらに無関心でいながらも、瘦せた身体を維持できているなんて、これは確かにすごいことだ。
ただ、僕は僕でみんなを羨んでいることも事実だ。僕は目の前にある食事を食べ切れないことが多い。精神的に満足感を得られる量を食べ切る前に、物理的にお腹がいっぱいになっているので、毎回の食事が消化不良なんである。
そして、食べるスピードも遅いから、誰かと食事に行くと待たせてしまう気おくれが生じるので、その食事を味わって食べることもできない。そのせいか、ひとり旅をしたり、ひとりで読書をしてひとりで酒を飲んだり、孤独な趣味も増えてしまった。
だから、僕は中年太りをしている人たちを見て「ブクブクに太ってもいいから、気が済むまでドカ食いしてみたいなぁ」と10年以上思い続けている。ちなみにこの夢は一度も叶っていないし、胃を再生させる治療が一般化でもしない限り、死ぬまで叶わないだろう。
つまり、要するにお互いが羨んでいるだけだ。隣の芝生は青いと言うが、その青い芝生にいざ入ってみても、また違った悩みが生じるものなのだろう。
自分の身体と自分の人生なのだから、できるだけのことはして、あとは受け入れて生きていくのが賢明なんである。