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「日本インテリジェンス史」雑感


読書紹介

「日本インテリジェンス史」小谷 賢著 中公新書 2022年

左に何か映ってるのは気にしない

最近この本を読んだ。本書は、日本の戦後のインテリジェンスについて政治的必要性と行政的役割の観点から書かれたものである。インテリジェンスとは、本書の前書きの部分を要約すると「国家の政策決定や危機管理に必要な機密や諜報のこと」である。スパイとかを想像すると分かりやすいかもしれない。

まさかこの本を読書中に「東アジア反日武装戦線」のメンバーで、重要指名手配犯の桐島聡容疑者が名乗り出るとは思いもしなかった。まったくの偶然で少し驚いている。
ということで本稿では、本書を読んで、また桐島容疑者確保のニュースを受けて少し思ったことを書く。

主義か、行為か

感想に行く前に、前提となる知識を少し共有する。
日本国内で公安活動を行う機関は「公安警察」と「公安調査庁」の二つがある。

警察は治安維持が目的の機関である。つまり公共の場で事件を起こされなければそれでいいので、「犯罪行為」を「取り締まる」のが任務となっている。公安警察(警察庁警備局公安課、警視庁公安部など)が行う調査活動も、その任務を達成するためのものである。

一方で公安調査庁は破壊活動防止法(破防法)や団体規制法に基づいて活動する。
破防法とは、暴力活動団体を規制する法律である。法文に書かれてないことを恣意的に読むと、要するに左翼団体を規制することを目的とした法律である。しかし実際には、制定の際に反発があって(反発したのは日本共産党)幾分弱体化された結果、規制まではできず、監視ぐらいしかできないようになってしまったという。
よって公安調査庁は「危険主義や思想」を「監視する」のがその任務となっている。

公安警察も公安調査庁も、国内の極左や極右の勢力、外国スパイを調査対象としており、役割が重複しているところもある。両者協力するのが理想だが、公安警察は警察庁、公安調査庁は法務省の所管であり、日本の縦割り行政によりそれが上手くいかなかった時代が戦後長く続いたようだ。

公安って何してる?

警察が治安維持と公共の安全を目的として公安活動をする一方で、公安調査庁が得た情報は何にどう活用されているのかがよく分からないところがある。破防法の理念は分かるものの、その運用がどうもちぐはぐな印象を受ける。
破壊活動防止法の制定が国内で反発に合い弱体化されたことは先に述べたが、これでは公安調査庁くんの存在価値が半減どころか8割減くらいになっていそうで、可哀相に思った。

また、冷戦中なら共産主義活動全般が国家秩序に対する挑戦と見做されたので監視対象になったというのは理解できるが、 現在のそういった団体が今も国家秩序を揺るがしかねない程かというと少し疑問である。公安警察も公安調査庁も、活動のベースになっているのは戦後の混乱期の治安維持活動や、冷戦中の共産主義勢力の取り締まりであり、それと同様の活動が今の時代に合っているのだろうか?

インテリジェンスの話からは少し離れるかもしれないが、今の日本で(世界で?)ワンチャン国家的脅威にすらなり得るのは偽情報の拡散ではないだろうか。最近政府がこれの対処に本格的に乗り出したようで、ラサ○ル法などと謂われてたが、個人的にはこれに大いに期待したいところではある。 ただ運用は警察か○○庁か、と縦割り的にはならないでほしい。

フェイクニュースだとか偽情報だとかが広まりやすいというのは、単にその人が馬k(熟慮性が低いせいでフェイクを信じ込んでしまっているということもあるだろうが、その情報の大元をたどればごく少数の集団や個人が何らかの目的で意図的に流しているということがあるようだ。
日本政府、また岸田政権には、ぜひ何らかの方法でこういった「陰謀論の陰謀」を取り締まることと、そのような悪い人たちをとっ捕まえることを期待したい。

PDCAサイクル

ということで国内の治安維持云々の話をしたが、ここからは元の本の話に戻り、いろいろな雑感を書いていこうと思う。
第二次安倍政権でNSC(国家安全保障会議)とNSS(国家安全保障局)ができたことはとても良いと思う。本書では内閣情報調査室傘下の合同情報会議との役割の重複を懸念しているが、個人的にはこれは日本のインテリジェンスが所謂PDCAサイクルに適うものになったと考えている。情報収集においては、次の4段階に分かれるはずである。

①計画(Plan)「(それまでの政策を基に)どのような情報を取ってくるべきかを決定する」
②実行(Do)「実際に情報を取ってくる」
③確認(Check)「取ってきた情報を分析、評価する」
④改善(Act)「政策を決定する、問題があれば修正点を見つける」
①に戻る

このうち①をNSC/NSSが、③を内調が行うものとなろう。もちろん②は各情報機関、④は首脳や政党の政策部門などである。

もちろんこれはインテリジェンスの中で完結したサイクルであり、政府でのさらに大きな政策のうちの一側面を担っているに過ぎない。政府の政策決定においても、さらに大きなサイクルがあるということになるのだろうが、それはまた別の話。

テロvs外務省

日本国外でのインテリジェンスとして、国外情報の外務省一本化の原則と、それまでの外務省の「ある国の情報はその国の政府から直接聞けばいい」という考え方から、対外情報機関はこれまで存在しなかったというのが実情であった。
しかし考えてみれば、日本国外で日本にとって脅威となる存在というのは、その国において非合法の存在であったり、その国の中央権力が弱くて情報を持ってなかったり、そもそも対象そのものと国交がなかったりするというようなことが容易に想像がつくので、対外情報機関は当然必要だろうと思った。
その意味で国際テロ情報収集ユニットの設立の意義は非常に大きいと思った。しかし、コロナ危機やウクライナ侵攻があった今、テロだけが脅威とは言えなくなっていると思うので、全般的な国外情報の収集を行う機関の必要性は高まっていると思う。

まとめ

この本は「政府がどのようにして情報をとってくるか」についてとても詳細かつストーリー的にまとめられた非常に興味深い本である。しかし、「情報を集める」という作業もまた政府の政策の一側面でしかなく、必要となる情報も政策によって大きく変わってくるので、今後の政策に注目しつつ、普段見ることのないインテリジェンスの今後も気にかけておきたい。


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