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この夜と出会うために。

この国は島国ということも相まって、とかく丘がたくさんある。そのなかでも、桜の咲く丘には【桜ヶ丘】や【桜台】、富士山の見える丘には【富士見ヶ丘】や【富士見台】と名付けがち。だから、はじめてその地の名前を目にしたときも「あぁ、ここは景色の綺麗な丘なのね」くらいの感覚で通り過ぎてしまっていたのだけれども。

わたしは聴覚障害があるので、音声で新しい情報を得ることは苦手。バスも景色を眺め、バス停の名前をひとつひとつ目で確認して、一人で歩けるようになる。久しぶりにその丘に向かった日は、バスの乗客もまばらで、バス停の名前をひとつひとつしっかりと確認できた。

あと少しで目的地というところで、どこかで見覚えのある名前の高校名が表示された。それがそういうありふれた丘の名がついた高校で。それは、仙台でも東京でも見たことのある地名だったから、今まで気にしていなかったけれども。心のどこかに引っかかって、もしやこれはと思ってSNSをたどるとやっぱり、大所帯の吹奏楽部がある高校で。

わたしは、中学と大学で吹奏楽部に所属していた。中学の頃は右も左も分からずにその世界に飛び込んだけれども、聴覚障害のあるわたしが楽しむにはあまりにも越えねばならないハードルがたくさんあって。だから高校では一度お休みをして、大学で再開した。音楽は、好きだったから。

大学まで吹奏楽を続けるような人たちは皆、それなりに心の余裕があって心から音楽を楽しめる人たちばかり。聴覚障害のあるわたしが仲間入りした時も、どうやったら共に音楽を楽しめるだろうかと部員みんなが考えてくれた。たとえば、合奏の前にCDを聴きながらスコア譜を読んだり、各パートの練習に顔を出してはどんなメロディを吹いているのかひとつずつ聴かせてもらったり。そんなことをしながら、参加できそうなステージを選びながら楽しませてもらった。

そのときに、誰よりも一番わたしの隣に座って同じパートを吹いてくれたお姉さんの出身高校が、その丘の高校だったということに気付いたのが、この前の冬のこと。数年ぶりに勇気を出して連絡をしてみるとやっぱり彼女はそこ吹奏楽部を卒業していて。そして先日、その高校の吹奏楽部の定期演奏会が開かれるとのお知らせをもらってみなとみらいホールまで。

広くてよく響く立派なホール。音楽をするにはもってこいの環境だけれども、補聴器をするわたしには聴き取りが難しい。反響しすぎて、MCなんかはもう一言も分からない。

それでも。学生時代にスコア譜を読み、いろんなメロディを聴かせてもらってそれらを頭の中で組み合わせて、隣に座るお姉さんと呼吸を運指をあわせて取り組んだ吹奏楽曲。曲が始まると、記憶の中にあった全ての情報がぶわーっと集まってきて、ちゃんとひとつの音楽としてわたしの頭の中に入ってくる。

そういえばこの響きが、倍音を作り出すんだよなって。トロンボーンのお兄さんと、トランペットのお兄さんと、ホルンのお兄さんがそれぞれ短音ずつ音を鳴らしてくれて、それらから聴き取れる音の特徴を一緒に考えたよなって。そういう音の重なりが吹奏楽の醍醐味だから。指示を出す人の声は響いて聴き取りにくい。そのぶんは、隣に座った部員が交代で文字にしようねと要約筆記をしてくれた日々。

「さんまりちゃんは、聴覚障害があるから聴き取れなくてもしょうがない」じゃなくて、「聴覚障害があっても一人の部員として音楽を楽しむためにはどうしたら良いだろう」に本気で向き合ってくれた仲間たち。そのおかげでわたしは、残存聴力をできる限り使うおもしろさみたいなものを知ることができた。

もちろん、そういう練習を積み重ねれば積み重ねるほどに自分の聴こえなさというものにも向き合わざるを得なくて。逃げたくなった日も、本当に逃げてしまった日もあった。わたしなんかいなければ、みんなはもっと自分の練習だけに集中できるのになって。わたしの挑戦したいは、自己満足かもしれないなって。

そんな日々に一番隣にいてくれた大切な人が、クラリネットを演奏する姿をみに行けたということ。彼女の演奏する姿を見ながら、あの日々のあれこれを「懐かしいなぁ。がんばったなぁ。」とにやけてしまったこと。あの日々のわたしたちがいたから、わたしは #音の世界と音のない世界の狭間で 今を生きているんだということ。

一曲ごとに想いが溢れてきて、幕間にロビーでお姉さんの姿を見た瞬間に両手を伸ばしてぎゅうっとハグを。学生の頃も、大きなステージを終えるたびに彼女に抱きしめてもらうことが、すっごくすっごく嬉しかったなって。何年経っても、わたしたちは音楽を愛して、挨拶にハグをする。

大学で吹奏楽部に誘ってもらって
聴こえのことをみんなに知ってもらって
一緒に音楽を楽しもうと試行錯誤して
卒業してからもSNSで繋がって
丘の名前を見て彼女を思い出して
みなとみらいまで足を伸ばして
ひとつひとつ、きっかけに気づいて行動して、この夜に出会えたこと。こういう夜を逃さないように、いつだって挑戦したいことには挑戦できるアンテナを張っていられる日々を紡いで生きていたい。

見に来てくださりありがとうございます。サポート、とっても心の励みになります。みなさまからのサポートで、わたしの「ときめき」を探してまたnoteにつらつらと書いていきます。