act:11-権現坂のヘビと大多喜女子高生
権現坂は、青龍神社辺りが起点の坂道、元々この界隈は大多喜城の敷地内で、当時は『根古屋』と呼ばれた地区にある緩い坂だ。
この坂道は役場のすぐ脇を抜ける道で、そして女学生が国鉄木原線で周辺の町や村から通う女子高までの通学路でもあり、朝夕は人や車がそれなりに行きかう道である。
人の往来あれば助けを求める声あり、我々はこの権現坂の安全・安心のため人知れずこの坂の番人となり、日夜悩める人々を救済しているのであった。何を隠そうこの坂の起点の青龍神社は、大多喜の愛と平和を影ながら見守る我ら『大多喜無敵探検隊』の駐屯地!その権現坂の交通の安全は、当然我々の任務でもあるのだ。
そんな大多喜の影の救世主である我々ではあるが、昨今この坂で、少しだけ気にかかる事件が頻発していた。放課後いつものように青龍神社に集まってみんなで遊んでいると、突然若い女性の悲鳴が響き渡り、メンバー全員がビクッとさせられることが増えているのだ!
悲鳴の主は他ならぬ大多喜女子高(※1)のうら若き可憐な女学生たち、女子高から家に帰るために、権現坂を通り大多喜駅へと向かうネーチャンたちが、ちょうどオレたちの集う青龍神社にさしかかる辺りで『きゃーー!』『ぎゃーー!』と大きな声で度々悲鳴をあげるのである。何ごとかとネーチャンに駆けよると、なんと原因はヘビ!
…そういや4月に入って、ここんとこ暖かい日が続いてる、ちょうど冬眠から覚めたヘビたちが、お腹を空かせて活発に動きまわる時期なんだよなぁ、、そんなヘビがチョロチョロと道に這い出てきて、たまたま歩いているネーチャンらが出くわし悲鳴をあげるといった塩梅だ。それも多い時は日に2~3度も悲鳴を聞く。日に2~3度といっても、普段オレたちが神社にいるのが午後3時ごろから5時ぐらい、その間に2~3回の悲鳴があがるのだ、つまり多い日は1時間に1回も悲鳴を聞く計算になる、それが毎日ではないにしても、わりと尋常なことではない。
そのたびにネーチャンたちの元に急いで走っていっては、その足元を横切るヘビをヒョイと手で摘まみ、通りの藪の向こうに放り投げてやってた。まぁ困っている人を助けるのは当たり前のことだし、特にこの坂の番人を自称するオレたち大多喜無敵探検隊は、いつでも緊急出動スタンバイOK!常に困っている人の強い味方なのだからこれでいいのだ。
しかし最近、このヘビによる緊急出動がヤケに多く、メンコやベーゴマといった集中力を必要とする遊びが中々やりにくいのも事実、そもそもネーチャンを日々脅かすヘビとは、最初から人を脅かしたり咬みつこうとしているのではなく、偶然に人の前を横切ってるだけなので、単に人が避ければ済むことだけど、ネーチャンたちはみんな、ヘビがよっぽど苦手なようで、ヘビに遭遇するとその場で悲鳴をあげては縮こまる、そして時には今来た道を逆走して逃げていっちゃうようなこともあった。オイオイそんなことではこの権現坂は渡れないぞ。
本当にそんなにヘビが出るのか?はじめて聞く人には信じられないかもしれないが、、オレたちが女子高生の悲鳴を聞くたび駆け寄り、そして掴んでは捨てるヘビは、実は基本的には道の脇に投げるだけ、大体は神社の道を挟んだ反対側の、低い竹藪の向こうの畑によく放り投げてた。だから同じヘビらが繰り返し何度もネーチャンたちの前に出没してきているのはまず間違いない、しかしそれ以上にこの大多喜町というところは、基本的にヘビが多い場所なんだ。
この町には大蛇伝説(※2)が幾つもあるほど、ずっと昔からたくさんのヘビが住みついており、その種類もコレまた豊富、オレたちが知る限りでも、有名な青大将を筆頭に、ヤマカカ(※3)、シマヘビやヒバカリ、ジムグリ、たまにマムシなど、、特にこの権現坂の界隈は、マチナカとはいえども元々が大多喜城の城山の縁で、緩い崖になっている、ヘビ好みの日影で湿気た草むらだらけだ。そんな環境だから、さぞや居心地がいいのだろう、ヘビは日常的によく目にする。現にこの坂道沿いのウチの家の縁の下にも、大きな青大将が一匹住み着いている、青大将は家に侵入する鼠を捕って食べてくれるので、いわばウチの『護り神』だな、それぐらい付近住民にとってヘビは身近な生き物なんだ。
しかしこのように日に何度も悲鳴を聞かされると、さすがにオレたちも何とかせねばと考えてしまう。そこで我々は、昨今多発するネーチャンたちの、その悲鳴の根本的な解決に向け、然るべき対処をするため大多喜無敵探検隊一同で秘密会議をすることにした。
Q1. ヘビの出没を止められるか?
答えはNOだ、これはその場に居合わせたメンバー全員が同じ意見だった。
道の両脇に高い塀でも作らなければ到底防ぐことなど出来はしない。第一人間の一方的な不快感による排除は余りにもフェアじゃない、ヘビたちにも命があるのだ。特にこの問いについては、一寸の虫の命さえ大切に思う、心優しい良家のお坊ちゃんヒロツンから猛烈な反対をうけた。
Q2. 今まで通り現場に駆けつけヘビを捕獲するか?
悲鳴が聞こえたら今まで通りに我々がすぐ現場に駆けつけてヘビを捕獲、そして延々と他所に放り投げにいくのか?‥考えてみればヘビが出る時期の間中、ずっとオレたちはヘビの対応をしなくちゃならないことになる、考えただけで何とも不毛な話だ、幾らオレたちが権現坂の番人とはいえ非常に面倒くさい。
…ではどうするんだ?
そこでオレは閃いた『ヘビに慣れてもらえばいいんじゃないか!』
そう!ヘビを捕まえてネーチャンたちにしっかり見せてあげよう!まさに逆転の発想である。何よりヘビは、よく見ると目がパッチリ潤んでて可愛いんだ、この可愛さをじっくり知ってもらえばきっと怖くなくなる、いやむしろ好きになる筈だ!そうさヘビはボクらの友だちなのさ!
全会一致のもと、オレたちは大多喜女子高生と権現坂のヘビの仲を取り持つことにした、作戦名は『トモダチ作戦』、人類と爬虫類、種を越えた友情を我々の仲介で実現するのだ、どうだちょっとスケール大きいだろう。
『トモダチ作戦』の内容は決まったが…そうなるとヘビがいるな、今までは道に這い出たヘビを捕まえては他所に放り投げてきたけど、今度は逆にヘビを捕まえてこなくちゃならない。でもまぁ大多喜の大自然を相手に日々暮らすオレたちには大した問題でもなかった。この界隈のヘビの習性を普段の生活から十分に会得しているからだ。
ヘビってやつは大体が日陰の草むらに潜んでおり、さらに元々臆病なので、こっちが不意に近づくとすかさず逃げていく、しかし逃げる際にどうしても草をかき分けるので、カサコソと小さな音がするのだ、その音を耳を澄まして拾い、しっかり追うことで大体ヘビは捕まえられる。何だかんだ人間より早く走れるヘビはいないので、逃げる姿さえ見つけてしまえばコッチのものなのだ!
そしてヘビ狩りの際は、先をYの字型に折った枝が案外役に立つ、枝はもちろん現地調達だ、落ちてる枝を折って作る。落ちてなければ、そこらの木の枝を折って作ればいい。これで草をかき分けて探し、地面を這って逃げる蛇の頭や胴体を、その枝先の二股部分で抑え込む。そうして捕まえたヘビの首根っこを持ち、オレたちは権現坂で女子高生のネーチャンたちが帰ってくるのを待った。
オレが捕まえたヘビは青大将で1m近くある大物だ、さっきから脱出をはかろうとしてるのかオレの腕にグルリと巻き付いているが、大きくたって所詮はヘビだ、そんな力では人間様から逃げられる筈もない、無駄な足掻きだ諦めるんだなフフフッ
他のメンバーたちも手に手にヘビを捕まえ、女子高のネーチャンが来るのを今か今かとワクワクしながら待っている。特にヒロツンは小さいヘビだが両手に2匹!ツワモノである。そしてユーイチは毒々しいヤマカカだ(※3)、なぜか権現坂から役場の辺りはヤマカカ(※3)がやたら多く見つかる、でもあの緑とオレンジ色の柄が気持ち悪いんでオレは嫌いだ。
そして最後までヘビが捕まえられなかったワカナのヤッチャンにはオモチャのヘビを貸してあげた、オレがバクダン屋(※4)のくじ引きで当てた大きなゴム製のコブラだ。これはその世界では有名なショック製(※5)、リアル感が半端ないすばらしい物なのだ!どうか大切に扱ってほしい。
そして弟のクニオだが、アイツはヘビがそもそも大嫌いで触りたくもないというので、この作戦には最初から一切かかわらず、今も『メーン!ドォォーーオ!』とデカい独り言を言いながら、神社の広場で木刀をブンブン振り回して剣道の稽古をしている。協調性のないヤツはこれだからイカン!我が弟ながら将来が心配だ。
そうこうするうちに権現坂に続く通りの入り口、オモチャのトヨダ屋の角から、大多喜女子高のネーチャンたちがやってきた、みんな仲良く今日もペチャクチャ賑やかだ。…しかしなんで女の集団は、みんな横に並んで歩くのだろう?駅に向かってこちらにくる4人のネーチャンたちは綺麗に横一文字に並び、この狭い道を見事に塞ぎながら歩いてくる、まるで刑事ドラマ『Gメン75』のオープニング(※6)のようじゃないか。オレにはそのネーチャンたち独特の生態が謎で仕方がないんだが、…まーいっか。
そしていよいよネーチャンたちが青龍神社の目と鼻の先、酒造通りとの分かれ道にさしかかった、今だ!
そこでオレは大多喜無敵探検隊メンバーに静かにささやいた。
『‥各自、時間だ。状況を開始しろ!』
オレの号令に続き、皆が短く返す『了解!状況を開始!』
座っていた神社の鉄柵から、みんな一斉に腰を上げる。そしてオレを先頭に皆が続き、女子高生の前に並んだ。
『オネーチャン!今日はヘビ捕まえたんだよ、見て見て可愛いよー!』
ユーイチもヒロツンも、そしてオモチャのヘビを持つヤッチャンも、オレに続いてネーチャンたちの眼前にヘビを差し出した。
4人の可憐な女学生が一斉に、…絶叫した。
それは今まで聞いたこともないような叫び声だった、キャーでもギャーでもない、文字で記すのがとても困難な奇声、そして思わずこちらが怯むほどの大音量!まるで不意に悪魔にでも出くわしてしまったかのような、この世のものとは思えぬ断末魔のような悲鳴が権現坂に響き渡った。
『コレはいかん!!』
この状況が、思いとは裏腹な結果になりつつあることを瞬時にオレは悟った。このままではネーチャンたちはますますヘビを嫌いになってしまう!
こうなったら実際に触ってもらおう、うん、それがいい!
そう思い、一人のネーチャンの手にヘビをくっ付けたら『ぎわゃあぁおあおぁーー!!』みたいな声を発し、物凄い勢いでスッ飛ぶように逃げ出した、他のネーチャンらも後を追って逃げだした!これは非常にまずい状況だ!
すかさずオレが叫ぶ!『みんな、追うんだ!!』
どうしてもヘビへの誤解(?)を解きたいオレは、青大将を腕に巻き付けたままネーチャンたちを追いかけた。追いかけながら『ねぇーねぇーホントに可愛いんだよぉ、撫でてみてよぉー!』
全速力で駅に向かって逃げるネーチャンたちを、ヘビを持ってひたすら追いかけるオレたち!それこそGメン75ばりの刑事ドラマみたいな追走劇が、しばしこの大多喜町で繰り広げられる。
‥しかしもうちょっとのところで駅の改札口をくぐられ、まんまと逃げ切られてしまった(チッ!)。
仕方なく駅からスゴスゴと帰る道中、オレの同級生のホッタユミコに遭遇した。そのホッタユミコが開口一番
『あんたたちみんなでヘビ持って高校生追っかけてヘンタイなの?それともやっぱりバカなの?』
‥と、この上なく冷たい言葉を浴びせられた。
ホッタユミコの家は駅への道の並びにあり、どうやら一部始終この騒ぎを見ていたようで、その我々の作戦行動への感想がコレだった。お陰で思いっきりショボーンとなってしまった。
一同は落胆したまま権現坂をトボトボと下り、そして青龍神社に戻ってきた。その様子は、傍目にはまるで落武者の行軍のようだったと思う。
でもまだまだ下校中の大多喜女子高のネーチャンたちはやってくる。これだけいれば、中にはきっとヘビが可愛いと思ってくれる女学生はいるだろう。しかしさっきの絶叫ネーチャンたちの逃げ惑う姿が脳裏をよぎり、そしてホッタユミコの心臓をえぐるような冷淡すぎる言葉を思い出し、それ以降はヘビを持ったまま青龍神社の鉄柵に腰掛け、通り過ぎる女子高生たちを、ただ眺めるだけになってしまっていた、オレたちは明らかに気後れしてしまったのだ。
オレたちの前を通り過ぎる女子高生たちは、オレたちが手に持つヘビを指さしてはヒソヒソキャーキャー言っていたが、みんな少し間合いを取りつつも特にそれ以上のこともなく、いつものように駅に向かって歩いて帰っていった。
このオレたちに蔓延する重苦しい空気を嫌ったのか、唐突にユーイチが喋りはじめた『いやーしかし女ってオモシレーな、漫画みてーにギャーギャーいって逃げやがんのな、うはははは‥』
いや違うんだユーイチ、それではオレたちは単なるイタズラ小僧じゃないか、オレたちはもっと高尚な思想のもとに、人類と爬虫類の仲を取り持とうとした筈なんだ。
ヒロツンもポツリ『なんだかコレよくないね、きっとボクたち怒られるんじゃない?』
イヤなことをいう、‥実はちょうどそんな気がしてたところなんだ。でも黙っていればきっと大丈夫!しかしホッタユミコに見られたのは失敗だったな、アイツが先生にチクらなければいいが・・。
ヤッチャン『まー今日はひとまず帰りましょう、そのヘビは放して‥』
そうだねヤッチャン、ひとまず帰ろう、帰ってTVでも見よう、そして今日のことは忘れよう。明日も学校だし宿題しなくちゃいけないよね。
そうしてオレたちは、ヘビをいつものように低い竹藪の向こうに無造作に全部放り投げて解散した。
クニオは、、見まわしたらいない。こんなオレたちの騒ぎなどどこ吹く風と、とっとと家に帰ってしまっていたようだ。
こんなわけで、人類と爬虫類の仲を取り持とうという壮大な計画『トモダチ作戦』は、こうしてあえなく幕を閉じたのだった。
明けて翌日、いつものように学校に行くと、女子たちがオレを見てヒソヒソと話している・・、そう!ホッタユミコが昨日のことを既にクラスの女子に言いふらしていたのだ!女子だけではない、男子にもだ。お陰で早々にヤリタから『いよぉー!おはよーヘンタイ!』と言われた。
幼馴染のフジシロヤスユキに目をやると、あろうことか目を反らす!ヤスユキはどんな時でもオレの味方だったんじゃないのか!?
みんなヒデーな!!まるで針の筵じゃないか!
‥しかし人の噂も七十五日という、どうせコイツらのことだ、すぐに忘れてしまうさ、フン!
そして午前の授業が終わり、給食も食べて昼休みが過ぎた、ここまで思ってた通り、オレに対するクラスの冷ややかな態度もだいぶ軟化してきたようだ。もう少しでみんな忘れてしまうぞ!よしよしイイ調子だ!
さて午後の授業が始まろうというとき、オレたちの担任の齊藤弥四郎先生が徐に切り出した。
『えー、先ほど大多喜女子高から連絡がきました、昨日ヘビを持った小学生が、あろうことか女子高生を追いかけ回してたそうだ。このクラスの生徒じゃないよね?』
いつもはニコニコな弥四郎先生が珍しく怖い目で、クラスの生徒たちをゆっくりと見渡す。その生徒たちはチラチラとオレのほうを見る、おいおいオマエら頼むからこっちを見ないでくれ!
そんな生徒たちの視線に気付いてか、やがて先生の視線もオレに・・
『権現坂の青龍神社の辺りだそうだ。なーサナダ、サナダの家のすぐそばだけど、‥オマエは知らないよな?』
先生は目を見開きジッとオレを見ている、いやいやアッチ向いてほしいんだけど、、先生その視線の意味は一体なんでしょうか?よもやワタシを疑っているのではありませんか?(ビクビクッ)
‥明らかな疑惑の眼差しにオレは完全に固まってしまった。その様子は、まさにヘビに睨まれたカエルのようだったんじゃなかろうか、オレの周りの時間だけが止まってしまったような気がした・・。
しかしオレは、このままではまずいと我に返り、そして身の潔白を証明するため首を横に振ろうとしたその瞬間、何故かホッタユミコが視界に入った、彼女はこっちを見てニタァーっと笑った。確かに笑った。
そしてホッタユミコは先生の方に向き直り、サッと手をあげた。
『先生、犯人はサナダくんです』
うはぁーーー!!!
‥頭の中が真っ白になり、その後のことははっきり覚えていないんだが、オレは水の入ったバケツを両手に持ち、放課後かなり遅くまで廊下に立たされていたのだけは記憶している。
1976年(昭和51年)、小学4年生の頃の想い出である。
【注意】登場人物名及び組織・団体名称などは全てフィクションであり画像は全てイメージです…というご理解でお願いします。
大多喜町MAP 昭和50年代(1970年代)