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act:3-謎の真っ赤な木原線を追え!【出動編】

 待ちに待った放課後、オレは常に不愉快な小学校を飛び出し、家にカバンを投げ置いたら『ユーイチ』を呼びに行く。
ユーイチ、足立勇一は、ウチの隣の工務店の息子で、2歳年下だがオレがもっとも信頼できる相棒だ。
『ユーイッチく~ん…、出動だぁぁぁああああーー!!』
人んちの玄関前でデカい声で吠えるオレ、我ながらなんという呼び出し方かよく分からないが、その声にすかさず反応して、家の奥からヤツが漫画のようにドタドタドタッと走りこんでくる。
そして、お互い顔を合わせた瞬間、軍隊式の挨拶を受ける
『大多喜無敵探検隊 佐奈田隊長に敬礼! 』
最大限の敬意を受け、オレも軍隊式の敬礼を返しひと言『ご苦労! 』
ここまで阿吽の呼吸である。
ヤツは突撃能力に傑出したアタッカー、後先あまり考えず、まずは突進するイノシシみたいなヤツだが、我々の中ではまさしく特攻野郎なおとこだ。そんなユーイチは、ウチでは買って貰えなかった仮面ライダーエックスの変身ベルトを今日も装着したまま俺を出向かえてくれた、全くうらやましい‥。
そしてヤツの最大の武器は、黄金に輝くミズノの金属バット。野球もしないのにユーイチはいつでもこの金属バットを携帯している、だから敵に回すと非常に危険な男でもある。
そして2人で『第三の男』であるヒロツン、広津正武を迎えに行く。
久保の青年館と青龍神社の脇の道を抜けて、町営駐車場の奥にある田んぼのアゼ道を通り、ヒロツンの家の裏からヤツんちに入る。

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『グワン!グワン!グワン!ワワワワンワンワンーー!!』
すかさず敷地内に放し飼いのヒロツンんちの秋田犬が、まるで鬼の首でも取るような勢いで激吠えしながらこちらに一直線に突進してくる。
『フフフ今日も来たか、あいかわらず愚かな犬め』
オレは冷静にまず一歩下がり、それと入れ替わりユーイチが前へ構える。
そして振り上げた金属バットを一撃、この礼儀を知らないデカい犬に振り下ろしたのだ。
『ギャンッ!!』
見事ヒット!今日もユーイチは冴えている、狙いは正確だ。
・・ヤツはサムライである。
ユーイチは野球は思いっきりヘタなのに、こういうバットさばきは非常に上手いのだ、これは立派な才能であろう。
ひるんだ秋田犬の横っ腹をすかさず蹴りまくるオレ、それでも生意気にズボンの裾に噛みついてくる秋田犬、そのオレをかばうようにユーイチはさっきから念仏のように征伐!せいばつ!征伐!せいばつ!と唱えながら、凶暴な犬に金属バットをお見舞いしている。
襲いかかる粗ぶる獣に果敢に挑むおとこが二人、ヒロツンの家の裏口界隈で、今日も壮絶なバトルがしばし繰り広げられる。
そうこうしてるうちに『隊長やめてよ~』と、自分より一回りデカい男が割って入って犬の首輪を抑えた。
ようやくヒロツンの登場だ、待ってたぞ遅いじゃないか!
いつもこの躾けられてないバカ犬がいるから、中々ヒロツンの家の縁側までいってヤツを呼び出せないんだが(※1)、大体この騒ぎで我々が迎えにきたことが分かるらしい、ヒロツンのほうも慣れたもんだ。
そういえば前も同じような状況でこのバカ犬を成敗してたらヒロツンの爺ちゃんが出てきてエラい剣幕で怒られて、あの日はヒロツンに会えないままユーイチと飛ぶように逃げたっけなぁ。
ヒロツンの爺ちゃんはなんだかよく分からないがエラい学者先生であるようだ。でもそんなのオレたちには全く関係ないし第一痩せてて顔が恐い、ただのヘンな爺ちゃんでしかないのであった(※2)。
そんなヒロツンの家はこの辺りでも一際大きい、何でも家自体が重要文化財で昔からある庄屋だそうで、いつもオレたちが侵入する裏庭もかなり広いんだ、それだけでウチの家なんて3~4軒ぐらい建てられることだろう。
・・まぁ何はともあれ、これで我ら秘密組織の最小ユニットである3名が揃った、我々の作戦コード名は房総レジェンド、秘密組織の正式名称は『大多喜無敵探検隊』。秘密なのであまり人に言いふらさないように。
さぁ、本日のミッション開始である!

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 本日のミッション、それはいつもお面をかぶって素顔を見せないウェーズミのケンちゃんから、同じクラスのオレの弟クニオを通じて、極秘に伝えられた未確認情報の調査だ。我が町を走る鉄道『国鉄 木原線』にまつわる怪情報を、なんとウェーズミがキャッチしたのである!

(木原線ウォッチャーのお面のケンちゃんこと、ウェーズミ『上泉(かみいずみ)』少年)

語ることも恐ろしいその内容についてだが、ウェーズミのケンちゃんが言うには『ずっと赤字続きだった国鉄の木原線が、その赤字額が物凄すぎるがために、見せしめに全身真っ赤に塗られて沿線を走り始めたんだ!』
‥だそうだ(※3)。
木原線の車輌の色は、肌色に朱色のアクセントが入ったもので、決して全身が真っ赤なわけではない。それを誰の目にも、一目で赤字線と分かるように全体を真っ赤に染め直し聴衆の面前で生き恥をさらさせるというのか!?
《幾らなんでも、さすがに国鉄がそんな残酷な仕打ちをするわけはないだろう‥》
初めて聞いた時、オレは全く信じられなかったが、何より大多喜無敵探険隊の影のメンバー、ウェーズミからの極秘情報だ、信ぴょう性は十分にある。
であれば、これは大多喜町の住民達の日々の安心平和のためにも、そしてこの町の未来のためにも、まずは我々が率先して確認せねばならないのだ!
理由?‥それは我々が大多喜町の安全を影で守る秘密組織だからだ、当たり前だろう言わせるな恥ずかしい。

 まぁ、そうと決まれば、次にどこで強行偵察を行うかが議題に上る。皆で青瀧神社に集まり、しばし審議の時間が持たれた。
相手、つまり木原線に気づかれないポイントであることは勿論、万一の不測の事態でも、こちら側の身の安全を確保でき、且つ緊急脱出も可能であり、さらにしっかりと見届けられるビューポイントであることが必須なのだ。あーでもない、こーでもないと、3人で色々と検討を重ねた結果、ようやく全ての条件を満たすポイントが浮かび上がった。そこは大多喜駅から上り方面で最初の遮断機のある踏切、そう!猿稲の踏切である。
そうと決まれば善は急げで移動開始だ!我々は人の目に触れないよう細心の注意を払いながら我々大多喜無敵探検隊の駐屯地である青瀧神社を出て町営駐車場に入り、そして防空壕のある崖を登り、若菜歯科の裏庭を勝手に横切り、農協の倉庫裏のコンクリート土台に沿って背の高い雑草に隠れるようにして渡り、エロ映画ばかり流す映画館の裏を越えて、しばらくして目的の猿稲の踏切に到着した。
かなり遠回りをしたが、それもこれも誰にも見つからないように移動するためだ、時間のロスには目をつぶろう仕方がない。

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(猿稲踏切から大多喜駅をのぞんだ様子)

 そんなこんなで、猿稲の踏切に無事到着した我々一同は、作戦計画に則り、この踏切脇の茂みに隠れて、ウェーズミの極秘情報通りに真っ赤な列車がやって来るのかどうかを見極めることにしたのであった。
一般的に考えれば《出入り自由な大多喜駅のベンチに座って、のんびり待てばいいのに》と思われるであろうが、これは極秘任務なのだ。人目につきやすいところでの作戦行動は、なにより一般人達から過度に注目をうける可能性が高く、そうなると我々の極秘任務に対して、謎の勢力からの妨害をこうむる懸念が大いに予想されるのだ。ここでいう謎の勢力とは誰だと思われるかもしれないので一応解説をしておこう、それは我々の敵対勢力であるPTAや学校の先生、さらには国鉄の駅員などだ。あれはダメこれもダメ、なんでもかんでもダメダメと、オレたちをしょっちゅう怒る大人たちである。
よってわざわざ我々は人気ひとけのないこの猿稲の踏切脇に茂る背の高い雑草に、埋もれるようにうずくまって息を殺し、ひたすらターゲットが来るのを待つことにしたのである。

・・そんなわけで、次回 act:4 【遭遇編】に続く
(Version 1.13)

【注意】登場人物名及び組織・団体名称などは全てフィクションであり画像は全てイメージです…というご理解でお願いします。

【解説】
(※1)普通に表玄関から入ればいいだけの話である。
(※2)このお爺さんのモデルになった人物が、後にテレビの鑑定番組で『先生』と呼ばれてたのを見たときにはさすがにビックリした。
(※3)子供特有の思い込みの激しさ故の勝手解釈である。赤字線だからと見せしめに赤く塗られたわけではない。木原線の全面が赤く塗装された件について、このカラーリングは鉄道マニアの世界では『タラコ色』と呼ばれる朱色5号での全面塗装であり1975年に相模線で初採用されたもの。当時の国鉄普通列車用のディーゼルカーは朱色4号とクリーム色の2色で塗装されていたが、国鉄の赤字が常々問題となっており、コスト削減の一環として車体を従来の2色ではなく朱色5号単色での塗装となった。この塗装は上記の通り、最初は相模線の気動車に採用され、続いて八高線、久留里線、そしてこのお話の大多喜町を走る木原線など、通勤需要のある非電化区間の車両が順次この朱色5号に塗り替えられていった。木原線が朱色5号、所謂タラコ色に塗られた正確な日時は明確ではないが、私が小学校4年~5年生の頃だったように記憶している。
※写真協力:日本のローカル線の伝道師 T氏

大多喜町MAP 昭和50年代(1970年代)

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