act:12-木原線のガーダー鉄橋を越えろ
昼休みの終わりに、番長(※1)のナガサがオレに自慢げに語った。
小学校の校庭の裏の、夷隅川の崖のところから国鉄木原線(※2)の鉄橋の中に入れる。この休み時間に同級生のナガサとトキ、ヤリタがその鉄橋の中を通り、川の真ん中近くまで行ってきたことを、教室でオレにこれ見よがしに自慢したのだ。
この橋は、鉄道が好きな弟のクニオ曰く『プレートガーダー橋』とか『デッキガーダー橋』と呼ばれるもので、正式な橋の名は『第4夷隅川橋梁』(※3)という。
鉄板と鉄骨で武骨に組まれたこの橋は、十分に頑丈なものではあるものの橋の中身はガランドウだ。橋の側面は水色に塗られた鉄板が張られているが、その天井には線路が走り枕木の隙間からは空が見える。鉄橋の下面は鉄骨が斜めに走るがその隙間は筒抜け、一歩足を滑らせたら10m下の夷隅川に真っ逆さまなのだ。そこを川の真ん中まで行って帰ってきたというから凄い!挙句『サナダ、オマエには無理だ』と言われた。オレはぐぬぬ…!と闘争心に火がつきかけたところで授業開始のチャイムが鳴った、まもなくして担任の山口和彦先生が入ってくる。先生が来たのでこの話はひとまずピタッとお開きだ。山口先生は怒ると非常に怖いので、オレもナガサも出来るだけ静かに真面目に授業を受けるフリをしなければならない、そこは憎たらしいナガサ一味らとも意見が非常に合うのだ。
しかし、授業を真面目に聞くフリをしながらも、オレの頭の中には、先ほどナガサの放ったひと言がずっと巡っていた『・・オレには無理だと?』
アイツらが橋の真ん中まで行けたならオレに出来ない筈はない、だったらオレは向こう岸まで木原線の鉄橋を渡り切ってやろうではないか!
そもそも番長のナガサやその取り巻きのトキやヤリタとは、オレは基本的に昔から仲が良くない。そりゃ同じクラスだしたまには一緒に遊ぶけど、いつも最後は喧嘩になる。何よりオレは、オレに命令するヤツが大嫌いなんだ。そんなオレの性分はナガサも分かっているようで、ある程度オレと間合いを取りつつも、しかしそれでもオレを他のクラスの連中のように、手下に取り込むような真似をするんだ。なぜオマエがいちいち仕切るのだ、あれがどうにもカチンとくる。ナガサよオマエは学級委員長なのか!?
残念だがオレはオマエの命令は聞かないぞ、世話になるつもりもない!オレは誰の命令だって聞きたくないんだ。だから命令する先生がいっぱいいる学校は本当に大嫌いなんだ!
ナガサよ、それでもこのフリーダムを愛するオレを取り込もうとするのか
『宜しい、ならば戦争だ!(キリッ』
オレはそういう考えなのである。
放課後、オレはいつもの『青龍神社』に行き、学校で憎たらしいナガサから聞いた自慢話をみんなに伝えたあと、どうだオレたちもガーダー鉄橋を渡らないか?と誘ってみた。でもこのミッションは危険すぎると誰も首を縦に振らない、ヒロツンもクニオもヤッチャンもだ。そんな中、唯一特攻野郎のユーイチだけは大ノリ!
OKユーイチ心の友よ!きっと貴様は前世でオレと本当の兄弟だったのだろう、実の弟クニオよりもなんと話がわかるんだ・・、よし決行は明日の土曜日にしよう。土曜日は半ドン(※4)、学校が半日しかないので、帰ってメシ喰ったらタップリ遊べるのだ。
そして次の日、土曜日の授業をソワソワしながら終えると駆け足で家に帰り、そして時間が惜しいのでカップスターで昼飯だ。
カップスター(※5)は、今ヤングなニーサンネーサンにはカップヌードルより凄い人気なんだそうだ、CMもイカしてる。
『カップスター♪ 食べたその日かーらぁ~♪ 味の虜にぃぃ~、虜になりました♪ ハッ!フッ!ホッ!』
そんなカップスターCMの歌を口ずさみながら喰ったら元気100倍!汁まで啜り、甘い麦茶をゴクゴク飲んで、そしてオレは飛び出すように家を出た。本日のミッションについては、大多喜無敵探検隊はその中の猛者2名、オレとユーイチのみで挑むことになった。誰も来たがらないんだ仕方がない。まぁそもそもオレは強制とか命令が大嫌い、それは自分に対してだけじゃなく誰に対しても同じで、嫌がる相手を無理やり誘うなんてのは性に合わないんだ。そんなわけで本日はたった2人でミッション挑戦だ。オレは待ち合わせ場所の役場のションベンタワー(※6)で『心の友』ユーイチと落ちあうと、2人で大多喜小学校に向った。
オレは放課後なので手ぶらだが、ユーイチは仮面ライダーXの変身ベルトとハチマキ、そして相変わらず金属バットを携帯している、ヤツにはこのスタイルが正装なのだろう。さらにユーイチは大多喜小学校の運動着のまま、オレンジ色の半袖と緑色の半ズボンだ。もちろんオレは私服に着替えている、学校を出てまでみんなと同じ格好はしたくないからな。こう見えてオレはオシャレさんなのだ(フッ・・
学校には隣接している保育園から侵入し、小学校の講堂の脇に一旦出てから交通公園を横切る。講堂の前は、交通規則を学びながら安全に歩き、そして自転車を走らせるようにと、信号機まで備えた町なかの道路のような公園が作られているのだ。何気に凄いぞ大多喜小学校!でも今日は交通公園に用はない。そして近所の様々な年代の小学生らでにぎわう放課後の校庭をツカツカと足早に横切り、やがて目的の校庭の縁にたどり着いた。
回旋塔(※7)、またはメリーゴーランドとも呼ばれる大掛かりな遊具の先の茂みの向こう、夷隅川に向って緩やかに落ちる斜面の前に立つオレたち。そしてお互い目と目を合わせ頷くと、雑木林となっているその斜面に飛び込んだ。
この先に見える木原線の鉄橋の根元が目的地だ、オレも今までここら辺を散々歩き廻っているので、鉄橋の下がどうなっているかは無論知っていたが、、ナガサたちはこの中に入り、川の上まで渡っていくとはな。さすが度胸があるな、敵ながらあっぱれだ!
だがしかしナガサよ!その歴史は今日あらたに塗り替えられるのだ!
恐る恐る鉄橋に忍び込み、鉄の柱を踏み外さないよう慎重に進む。途中、等間隔のX型の鉄骨が行く手を遮るようにそそり立って非常に渡りにくいが、なんとか跨いで越えられた。よしよし、これはイケそうだぞ!
そんな感じでしばらく工夫をしながら器用に鉄橋の中を渡っていると、ふいに遠くで汽笛の音が『パァ~ン!』と・・、間髪入れず鉄橋が『・・ガシャガシャ、ギシギシ・・』と、小さな振動でビリビリ震えながら音を出し始めた。鉄橋のガランドウの先を眺めると、遠くから影が迫ってくる!なんと木原線がやってきたのだ!これはヤバい想定外だ!!・・とは思いつつもオレたちは線路の下だ、鉄橋の中だからまず轢かれることはない。フフフこの計画は完璧なのだ、ひとつも恐れることはないのである!
しかし列車が鉄橋を渡り始めた瞬間から、この鋼鉄の橋全体が軋みだし、それは列車の接近と共にどんどん激しくなっていくのだった。今やオレたちを囲む全てのものが音と振動を発している!中々どうしてこれは尋常な状況ではない!さらに木原線の鉄輪がレールを激しく叩く衝撃音とディーゼルエンジンの籠った大音響が、鉄橋内に落ちる影とともに見る見る迫ってきて半端ない恐怖である!!オレとユーイチは鉄橋から落ちないよう橋の鉄骨に必死にしがみつき無意識にデカい声で『おぉぉぉぉぉぉおーーーーーーー!!』と吠えていた!これは正に魂の雄叫び、迫る脅威に対する本能の叫びに他なるまい!
やがて木原線はオレたちの頭上を物凄い音と振動を立てながら通過!!
ガダン!ゴドン!!ガラガラガラガラ・・
(キシキシッ!かしゃかしゃかしゃ!)
ガガン!ゴゴン!!ガラガラガララガララ・・
(ギシギシがしゃがしゃ!ギシギシギシッ!!)
しかし、けたたましい音と振動をまとい迫ってきた木原線がいざ頭上を越え始めた途端、・・変な話だが心の底からホッとした。もちろん頭の中では轢かれないことは十分に理解してはいたものの、その迫りくる激しい音と振動、そして影は、これ以上ないってほどの恐怖そのものだったのだ。でも現実として、このように頭上をゆっくりと通過する木原線は、オレたちに全く危害を加えようもないことが明白になったのだ。
『ふー、まったくヒヤヒヤしたぜ・・』
そんな気が抜けた一瞬だった。駅に停車するため、まだゆっくりとオレたちの頭上を通過中の木原線から何か黒くて長いものが徐に落下し、オレたちをかすめるようにして崖の下へと、まるでスローモーションのように落ちていったのだった、次の瞬間オレとユーイチは叫んだ
『うんこだーーーーー!!!』
・・そう、木原線のトイレは線路に垂れ流し、きっと大多喜駅が近づいたので誰かが急いで用を足したのだろう、お陰で危うくオレたちは被弾するところだった。あれ?確かこの前も川下りの最中に似たようなことがあったな、オレはアレに取り憑かれているのだろうか・・。(※8)
その日はあまりに色々と衝撃的過ぎたので一旦退散し、作戦を十分に練り直すことにした。明日の日曜、再トライだな。
家に帰ると、千葉市のヒロシおじさん一家が遊びに来ていた。ちょうどお彼岸でウチのお墓に墓参りに来てくれたようで、今晩は泊っていくという。従弟のコージ、その妹のキョーコももちろん泊っていく、だったら明日一緒にガーダー鉄橋を渡るか話を振ってみた。
そこに弟のクニオが割り込み忠告、危ないからやめろという『このまえ木原線を停めちゃってユーイチと一緒に逃げてたでしょ(※9)。年長さんでしょ?バカなことはやめるんだアニキ』と・・
しかしコージはここぞとばかりにワクワクしているようで異様に乗り気だ、マクドナルド(※10)があるBIGな都会で日々暮らしているせいか、コージはきっと日々冒険を渇望していたのだろう、どうやら心の奥底で抑えきれない本能が騒いだに違いない。うん!それでこそ男だ!
そして従妹のキョーコはというと、流石親戚だと感心するぐらいに性分こそオレに似ていて非常にやっかいな女だが、こういう冒険心旺盛なものは心底嫌がる、挙句クニオと一緒になってオレをバカにした。・・フフフ、キョーコよ、こっちから願い下げだ、お嬢ちゃんは引っ込んでるんだな。
その日はヒロシおじさん一家が泊るというので、夕食後はウチの父さんが、ヒロシおじさんとビールを飲んで大人の話をして盛り上がっている。そこに近所に住むシューイチ伯父さんもやってきた。なにより下戸な父さんがお酒を呑むのは案外珍しいんだ、やはり父さんも兄のシューイチ伯父さんや弟のヒロシおじさんといるのが楽しいんだろうな。
オレたちはそんな大人たちを尻目に、クニオとコージ、キョーコ4人で人生ゲームで盛り上がった。
そしていよいよ再トライの日曜日、青龍神社に朝から集結した我々には、新たな一人のメンバーが加わっている。そう、従弟の都会人コージだ!
大多喜無敵探検隊は選ばれし者のみが集う秘密の組織であり、本来は従弟であろうとそんなに簡単に加えるわけにはいかないのだが、共にガーダー鉄橋を渡りたいというその勇気と熱意に免じて、大多喜無敵探検隊の見習いとして特別に入隊を許可した。
そしてオレとユーイチ、コージで作戦会議が始まる。まずはガーダー鉄橋の中を渡るのは昨日の恐怖体験もありナンセンスでリスキーなのでやめることにし、ここはやはり正攻法として橋の線路の上を渡ったほうがいいだろうということになった。しかしそこで問題なのは、列車が来たら当然轢かれてしまうという避けられない現実だ。一応あの鉄橋には一か所だけ退避壕があるけど、そこまで間にあわない場合はとっても危険だ。まさか10m下の川に飛び込んで逃げるわけにも行くまい、しかしオレたちは気付いたのだ!木原線はローカル線の赤字線、一時間に往復1本あるかないかなのだ、その時間さえしっかり押さえておけば轢かれる可能性は限りなく『0』になるのだ。
そうなると正確な木原線の時刻表がいるな・・。オレとユーイチ、そして見習いのコージ3人で、まずは大多喜駅に向かうことにした。時刻表を確認することで木原線の一挙一動を正確に掴み、その隙に大多喜小学校の裏からガーダー鉄橋手前の線路に入って、悠々と歩いて走破するのだ!
クニオとヒロツン、そしてヤッチャン、従妹のキョーコはそのまま神社で遊んでいるようで見送りにすら来ないらしい。フン、冷たいヤツらだ!こういう時にこそ真の友人が分かるというものだ。
オレたちは青龍神社前の権現坂を登り役場の横を過ぎたら、歯医者のヤッチャンの家の前を通過して大多喜駅に到着、みんなで改札口の上の時刻表を見上げた。
しかしそこで予期せぬ問題が発生した、我々3人とも時刻表の見方が分からなかったのだ!マスの中に時間が書かれているが、・・なんというか、それがどんな意味をあらわしているのかが全く分からない『しまった!鉄道好きなクニオを騙してでも連れてくるんだった!』少し後悔したが時すでに遅し。
しかしそこでなんと見習いのコージが機転を利かした!
『駅員さん、次の電車はいつ来るんですか?』
コージは切符の窓口にいた駅員さんに臆することなく問いかけたのだった。
『あぁ~次の木原線はねぇ、・・しばらく来ないよねぇ、さっき行っちゃったから一時間は上りも下りもないよ』
やるじゃないかコージ!さすが我が従弟だオレが見込んだことはある!よし、この一時間以内に木原線のガーダー鉄橋を渡り切ってしまおう!
・・しかしコージよ一つだけ忠告しておこう、木原線は電車じゃないんだ気動車なんだ。もっというとジーゼル列車、ここは都会の千葉市じゃないのだ笑われるぞ、くれぐれも注意するように!
一同は国鉄の職員さんにお礼を言って駅から出た。そして線路に沿ってオレたちは歩き出した。
この道は大多喜城へと続く『メキシコ通り』と呼ばれる道なのだが、オレたちはその手前カーブの南廓踏切で立ち止まった。踏切の向こうには、この町では非常に珍しいあのペプシコーラが飲める江沢商店が見える。木原線の線路は、ここから草木に埋もれるように南に一直線に伸び、やがてその向こうに我々が越えねばならないあのガーダー鉄橋があるのだった。
3人はお互いを見つめあった、みんな覚悟はいいか・・!
オレたちは踏切から一歩、線路に沿って草地に足を踏み出した。線路の右手はペプシのマークがやけに眩しい江沢屋とその奥に広がる田んぼ、そして左手は小さい畑と肥溜(※11)があり、その向こうは小道を挟んで町の給食センター、そして隣接する我らが大多喜小学校の裏手が見える。そういやこの肥溜は中々厄介なトラップだったんだ、毎年秋が深まってくると葉っぱが落ちて地面と見分けがつかず、夢中で鬼ごっこしてたヤツが度々嵌っては大騒ぎになるという、この界隈では有名な禁断スポットなのだ。参考までに、この肥溜は、我々の中では『死の池』と呼ばれ第一級の警戒対象となっている。
線路に沿ってトボトボと歩きながらこんな話をコージにしてやると、ヤツはいちいち目を真ん丸にして驚いていた。・・やれやれ都会人は何も知らないんだな困ったものだ。便利になり過ぎた都会の人々とは、どうやら人として何か大切なものを見失ってしまっているようだ。
線路に沿って小学校の建物の裏を通り過ぎ、やがて校庭の脇に差しかかる辺りから一気に木や竹が茂ってくる、木立の向こうから校庭で遊ぶ小学生の声が聞こえてきた。ウチの学校の校庭は近所の子供たちの遊び場でもあり、学校がない時もこうして案外遊んでいる子供たちがいる。
そこからさらに20mほど進むと、いよいよ線路は、今までの赤茶色の敷石の地面からガーダー鉄橋に切り替わる。オレたちは線路の真ん中に敷かれた幅30cmあるかないかの木の板の上を出来るだけ歩くようにするが、この板は幅が狭いので時々足を踏み外しかけては心臓が凍り付いた。足を踏み外したら瞬時に枕木の上に足を動かして事なきをえるわけだが、ガーダー橋をどんどん進むたびに、当然のことだが陸は夷隅川の崖に沿って徐々にガーダー鉄橋から離れていく。そうやって夢中になって渡っているうち、いつしか線路と枕木の隙間からは10m下の夷隅川が覗くようになっていた。足がすくむけど、どうやらすでにオレは橋の真ん中まで来たようで、前を見ても振り返っても、鉄橋の残りの長さはほぼ同じに見えた。オレは今この瞬間、確実にナガサを越えたのだ!よし!ナガサに散々自慢してやろう、アイツまたプンプン怒るぞ、ざまーみろフハハハハッ、でもここまで来たら、もう戻れない、戻るも進むもおんなじだ・・。
しかし何ということだろう、さっき振り返って気付いたんだが、ユーイチとコージは四つん這いで、ビクビクと線路にへばりつくようにしながら前進していたのだ。ありゃま!鉄橋を真面目に立って渡ってたのはオレだけか!それにしてもこの2人のヘッポコさは酷いもんだ!
『ユーイチ、コージ!なーにやってんの弱っちいなぁー!ここは立って歩かなきゃダメでしょ、そんな遅いと木原線がきて轢かれちゃうぞ!』
もちろんオレも怖いんだけど、ここは年長さんとして漢気をしっかり見せねばならない!皆がオレの背中を見て育つのである!
しかしそんなオレの激にイラッとしたのか、ユーイチは鉄橋にへばりついたままオレに向って吠えた
『いやタイチョー!これ無理だって下みろ下、下ぁ~!川があんな遠くだぞ!落ちたらオレ、シヌって!!』
・・そもそもオマエは金属バットなんて持ってきてるから機動性が著しく低いんだ、なんでどこでもいつでもユーイチは金属バットを持ってくるんだ。
そして都会人のコージもポツリとひと言
『・・大多喜はこわいところだぁ~~、、』
いやそれ、オレの問いかけの答えになってないし・・
コイツら全く仕方ないなぁ、まぁユーイチは小学3年生、コージは2年生だもんな、やはり年少さんには少々荷が重いミッションだったようだ。しかしこの二人の様子を見てたら、オレはこの場をどう切り抜けるかで頭がいっぱいになり、いつしか怖さが完全に吹き飛んでしまった。こうしている間にも時間は刻々と過ぎていく、本数が少ないからといって、ウカウカしていると木原線が来ちゃうのだ!
よしまずはこの状況を整理しよう、何だかんだ言いながらもオレたちは、このガーダー鉄橋の真ん中まで歩いてこれたのは事実だ。残りの距離は精々半分、しかしここで折り返すとしたら、この狭い鉄橋の上で線路にへばり付いている二人を避けていかねばならない、それはそれで非常に危険である。ならばやはり渡り切ってしまおう!ここまで来たら戻るより突っ切ってしまう方が安全面からもよさそうだ。
『みんな下を見るから怖いんだ、前を見ろ!ホラ、ゴールはすぐそこだ!!』
オレは橋の向こうの川の対岸を指さした。ガーダー鉄橋の上を走る線路は、対岸の柳原地区の木立の奥に真っすぐに伸びていた。
そう!これがオレたちが進む道なのだ!他に選択の余地はない、あとたった20~30m、なぁーに大した距離じゃないさ。
線路の上に一時しゃがんでユーイチらに話しかけてたオレは、まずお手本を見せるかのごとくスクッと立ち上がる。そして目線は線路と線路の間の板の先を見据え、その木の板の上を出来るだけ平然と歩き始めた。
『おぉぉぉーー!』
そんなオレの颯爽とした姿に、背後の二人からどよめきが上がった。
何よりこのミッションは下を見たら負けだ、一気に恐怖がこみあげてくるんだ。しかしそれは心の問題でもあることが何となく分かってきた、《足を踏み外したら落ちるかもしれない、死ぬかもしれない》そんな己が作り上げた恐怖心をクリアーさえできれば実は何ということはない。当たり前のことだが、ようは落ちなきゃいいだけなのだ。落ちるかもしれないなんて微塵も思っちゃいけない、普通に板の上をただ真っすぐ歩くだけだ、早々落ちる筈なんてあるわけない!・・うまく言葉にはしにくいが、オレはそんな『コツ』みたいなものに気づいたのだった。
しばらく歩くとオレの眼前に徐々に対岸の崖が迫り、同時に木々が視界前方に立ちあがってきた。やがて線路を支える土台は、無機質なガーダー鉄橋から土に、正確には赤茶けた線路の敷石の大地に切り替わった。
・・ふぅ、どうやら渡り切ったぜ。。
振り返ると人一倍対抗精神旺盛なユーイチが、金属バットを杖のように使いながらも二本の足でしっかりと立ち、そして鬼の形相でこっちを、つまり鉄橋の端を睨みつけながら渡って来てた。それにしても物凄い眼力だ。まるで虎と睨みあっているような顔だな。その背後に少し遅れてコージが続く。コージは時々しゃがみ込みながらも、それでも思い直すように立ち上がってはしっかりとこちらを見据え、渡り切ろうとしている。
うむ、もやしっ子な都会人にしては中々どうして上出来な心構え、やるじゃないかコージその意気だ!
そうこうするうち、ユーイチが鉄橋を渡り切ってオレの前にたどり着いた。そして気が抜けたのか、金属バットに抱き着きながらヘタッと座り込んだ。
オレたちは線路に腰掛けながら、しばしコージを待つ。もう少し、もう少しだコージ!あと5m!下を見るんじゃない!足がすくむぞ!
そしてようやくコージが渡り切った、コージは鉄橋が終わったところでヘナヘナと座り込んでしまった。思わず駆け寄るオレたち、そしてお互いをこれ以上ないというぐらい称えあった!
このコージの漢気にユーイチは甚く関心したようで、なんとコージを(勝手に)弟分にするという!しかしコージは困ったように笑ってた。
同じクラスのナガサの自慢話で始まったこの冒険だが、ヤツが途中で引き返したこの鉄橋を、オレは、オレたちはこうして渡り切ったのだった。
オレたち三人は、大きな冒険を成し遂げた満足感、そして高揚感でいっぱいのまま、線路をしばし歩き柳原踏切から道に出た。
そこで待っていたのはヒロシおじさんとキョーコ、そしてクニオ。あれ?なぜみんなここにいるんだ?
『コージなにやってんだオマエは!このドテカボチャ!!』
ヒロシおじさんがまるで大魔神(※12)のような形相でコージを怒り出した!どうやらクニオとキョーコがヒロシおじさんにチクったらしい!何ということだろう、この裏切り者のユダたちめ!
コージが悪いわけではないんだ、オレはヒロシおじさんに訴えた
『おじさん違うんだ、オレがコージを誘ったんだ、ごめんなさい!』
本当にその通りだったが、ヒロシおじさんはコージが悪いと思い込んでいるようだ、そこでオレは同級生の好敵手に対抗したかったこと、昨日ユーイチとこの鉄橋を渡って引き返したこと、そして本日あらためて再挑戦しようとしたこと、その話をオレがコージに話して一緒に渡らないかと誘ったことを順を追って話した。
懸命に話すうち、どうやら事の次第をヒロシおじさんが理解してくれたようだ、口元がニヤッと笑った。
『あぁそうか、よく分かったよ、ノリ坊が言い出したのか。しかしオマエたち絵に描いたようなワンパク小僧だな、オレやアニキの子供の頃を思い出すよ、でも怪我がなくて本当によかったな。』
・・実は中々話の分かる叔父なのである。
『コージは大多喜の田舎は慣れてないから心配でな、昔っからここは自然豊かだろ。・・でもなノリ坊、またこのモヤシッ子を怪我しない程度に鍛えてやってくれ!』
そうしてオレたちはヒロシおじさん達と一緒に帰途についた。
家に着いてから、コージの一家は車で千葉市に帰っていった。
コージよ、今日の冒険を決して忘れず、都会でも逞しく生き抜いてほしい。また会おう同志よ!
ちなみにヒロシおじさんは、この極秘ミッションのことはウチの父さんや母さんに言わなかったようだ、助かった。。
明けて月曜日、学校の休み時間にオレはいつもやたらと喧嘩になるクラスの番長ナガサと、その取り巻きのトキとヤリタに言ってやった。
『ナガサ、昨日オレはあの鉄橋を渡り切ったぜ!わけなかったわ!』
ナガサがカチンときたようで、そんなの出来るわけない、挙句オレを嘘つきと言う、トキもヤリタもナガサと同様にオレを嘘つき呼ばわり、しかも3人揃って手拍子つけて『ウッソつき~♪ ウッソつき~♪』と大合唱だ。
いい加減アタマにきたオレは『嘘じゃねぇーんだよーーー!!』とナガサに思いっきり殴り掛かった。そうなるとトキとヤリタも参戦!またまた教室で大喧嘩が始まった。
1対1ならオレは負けない自信があるが、1対3は少し厳しい。
そうこうしているうちチャイムがなり授業開始、山口先生が入ってきた。
『オマエらいい加減にせんかー!』持ってた出席簿でみんな頭を殴られた。
そして放課後オレたちは残された。
最初はトキもヤリタも含め4人が先生の前に立たされたが、事情聴取の末に、トキとヤリタはナガサを加勢しただけなのでしばらくして帰されて、最後はオレとナガサが残されて延々と説教をくらった。
ナガサは先生に言った『喧嘩の原因はサナダが嘘をつくからいけないんです』と・・
そこでオレはまたイラッとして
『いやいや山口先生!だってナガサが、オレがあそこの木原線の鉄橋を渡りきったのに信じないんです!自分が途中で引き返して出来なかったからって!』
ここまで話してオレはハッ!となった。
先生は煙草をくわえながら険しい目でオレをジーッと見てひと言(※13)
『オマエたち、またそんな危ないことしてたのか』と。
そこから先生はオレの頭をゲンコツでガツンと殴り、もちろん最初に鉄橋を渡ったというナガサもゲンコツで殴られ、そして2人そろってたっぷり怒られた。最後はナガサ共々仲良く廊下に立たされた。
《チキショー!!》
オレとナガサ、二人で沈みゆく夕陽を眺めながら延々と廊下に立つうち、ナガサがポツリと語り始めた。
『サナダ、本当にあの鉄橋を渡ったのか、スゲェなぁ・・』
ナガサが鉄橋を渡りきらず途中で引き返したのは、一緒に行ったトキやヤリタが怖がったためで、置いていけないから渡れなかったと。なるほどなぁ・・、オレのときのユーイチとコージとおんなじだ。
『オレは、オマエには1対1じゃ勝てないかもしれない、トキもヤリタもそうだ。だからって、オレはサナダに負けるわけにはいかないんだ』
オレはそんなナガサの言葉を聞きながら思った
《ちがうぞナガサ、毎度1対3は卑怯だぞ、そこまでして勝ちたいのか?だとしたらオマエはツマラナイ男だ!》
思ったが言わなかった。先生に怒られて廊下に立たされているのに、ここでまた殴り合いの喧嘩になるとまずいので、ここはちょっとIQ高くてオトナなオレが抑えてやったのさフフフッ
まーでもナガサってヤツは、フリーダムなオレとは全く違う何かを背負って生きているんだなと感じはしたものの、番長なんてメンド臭いのを最初からしなきゃいいのにと思った。
1977年(昭和52年)、小学5年生の頃の想い出である。
【注意】登場人物名及び組織・団体名称などは全てフィクションであり画像は全てイメージです…というご理解でお願いします。
大多喜町MAP 昭和50年代(1970年代)