(中) バックパッカー料理人 第4便
料理人に壁はない...
3歳の女の子をだき抱え、ベビーカーを押す奥さんにキスをして子供を預けるシェフ
ここ、ドロゲリア・デラ・ロッサにはシェフが2人いる。一緒に出勤する日もあれば、交代で営業する時もある。キッチンもサービスもみんな仲がよく、雰囲気も最高だ。
初日から、言葉が分からないけれど、全てのことを隠さずになんでも教えてくれ、やらせてくれた。
そんな僕の朝1番の仕事は、厨房のセッティング(点火、お湯のセット、鍋やまな板出し)をさっさと済ませ、パスタ作りからはじまる。
毎日、その日のパスタはその日につくる。
つくるパスタは3種類。ボロネーゼに使うタリアッテレとラザーニャ、そしてトルテッリだ。トルテッリはリコッタチーズのフィリング(詰め物)とバジルの2種類。
極小のひき肉を詰めたトルテッリー二だけ、シェフのお母さんが週に一回つくっている。
ただ、パスタをつくるだけなら、もちろん僕だって何度もやってきた。しかし、後から知ったが、若い時にシェフは北イタリアの料理コンクールで優勝したこともある腕前で、生パスタつくりにも強いこだわりと、おいしい秘密がちょっとした所にあることを丁寧に教えてくれた。
パスタをこねる時、使うのはデシャップ(調理台)より一回り大きい一枚の木の板。
木の湿気が生地を乾燥から防ぐだけでなく、木の温もりがおいしさを与えるのだという。
一枚の大きな木の板にシルクのように滑らかで艶やかなパスタ生地がスラァーと敷かれるのは気持ちい。
両手で優しく支え、折り畳み伸ばしていく。卵黄が多めで黄色に輝く生地からは、卵の香りが溢れ出て、この香りだけでワインが飲めそうだ。
言葉が分からない僕は、シェフたちが計る時の一瞬のグラムなどを盗み見て、ノートに書き、次の時にはやらせてくださいと積極的になんでもやらせてもらった。
パスタをラップで包み寝かせている間に、厨房の奥のキッチンエイドでフォッカッチャの種を混ぜ、パスタ用の湯沸かし器の上で発酵させる。お湯の中ではジャガイモを茹でている。
フォッカッチャの仕込みが終わったら、トルテッリのフィリングの用意だ。リコッタチーズと○○○などを加え、よく混ぜ合わせたら冷蔵庫で一時間ほど休ませる。
初めてつくるトルテッリは慣れるまで時間がかかった、シェフも横で一緒に包んでいくんだけど、速くキレイに仕上げていく。
僕が、1個包みあげるうちに3個、4個と...
悔しくなり、ひとまず手を休め、シェフの動きをじっと見る...
なるほど...
1週間が経つ頃には、シェフには及ばないまでも、ほぼ同じスピードでキレイに包めるようになった。
僕が生地やフィリングをつくっている間、シェフはランチの付け出しになるフリッタータ(イタリア風オムレツ)や時間のかかる肉料理の仕込みに取り掛かっている。
フリッタータの具材には、前日のディナーで余った付け合わせの野菜やポテトが使われる。ザクザクッとほうれん草やローストしたポテトを卵とチーズと合わせ、オーブンでゆっくり焼いていく。
メニューはボロネーゼやラザーニャなどのスペシャリテをのぞき、季節ごとに変わるもののほか、シェフがたまに思いつきでその日限定で常連さんに振る舞ったりする料理もあって楽しさが尽きない。
僕が働かせていただいた9月のメニューはこんな感じだった
料理はアラカルトのみ
<パスタ>
花ズッキーニとリコッタのトルテッリ
バジルのトルテッリのポモドーロ
セミドライトマトとサルシッチャのガルガネッリ(お気に入り)
ボロネーゼ
ラザーニャ
トルテッリー二・イン・ブロード
<メイン>
オッソブッコ(牛テールの煮込み)
ビステッカ
牛フィレの煮込み
ホロホロ鳥のロースト
っといっても、基本的にメニューがなく、食べたいものを言ったら大体なんでもつくってくれる。僕は、シェフにわがままを言って、大好きなカチョ・エ・ペペというローマの羊のチーズと黒胡椒のパスタをつくってもらったりしていた。
ブロード(ブイヨン)の取り方も面白い。
僕は基本的にフレンチのひきかたをベースに和食やスパニッシュの技術を取り入れているんだけれど、ここではブロードに基本の野菜と丸鶏の他にジャガイモも入れている。なんでか聞いてみたけれど、
「入れた方が美味しそうじゃないか」
と、イタリア人らしい返事だった(笑)
ランチの営業が終わると、ディナーの仕込みまで2時間の休憩に入る。シェフたちは家に帰って仮眠を取ったり、隣のカフェの店長と付き合ってるサービスのカロリーナは2人でデートに出かけていく。
幸い、お店はボローニャの中心街近くにあるので、僕はサルメリアやジェラッテリアと歩き回り、広場や路地で撮影されているモデルたちを見ながらエスプレッソや白ワインを飲んでリラックスしている。イタリア美女の服の着こなしや立ち振る舞い、スタイルからは凛としたオーラの中にパッションも溢れ出ていてかっこいい。
ここにも料理に通じるところがある。
お皿を出すときの手の角度ひとつとっても、人に与える印象は変わる。
ディナーの準備に入ると、ブロードをこした後、ホロホロ鳥を捌いたり、ドルチェの1つセミフレッドという半冷凍のアイスクリームをつくったりする。
ランチもディナーも営業前には、サービスのマダムが決まってエスプレッソを入れてくれる。シェフたちが熱く語る。エスプレッソも機械じゃなく、昔からある直火式のエスプレッソがいいんだ。そして、豆はここのがうまい、本場だっと。
本場イタリアの食堂のシェフたちの料理はほとんどがア・ラ・メネッツで仕上げられる。
ポモドーロに使うトマトも、赤玉ねぎもオーダーが入ってから皮を剥きパパッと切り調理に入る。
当然のことながら、この方法だと食材は酸化することもなくフレッシュそのままでいる上に、仕込みすぎて使わないといったフードロスも少ない。
イタリアで働く中で、クセになってしまいそうで気をつけたことがあった。
彼らは、ほとんどの野菜や果物を手の上でカットしていく。
まな板を使わないんだ。
彼らの切れない包丁だからこそ為せる技だが、まぁはやいはやい。
僕の研ぎ澄まされすぎた包丁でやったら流血事件しか起きないし、何よりクセになって3星なんかでやってしまったら、怒られるどころか追い出されるだろう(笑)
オーダーが入り、料理が出来上がると日本では大体「おねがいしまーす」と声をかける。
海外では「SERVISE(サービス)」と呼ぶことが多い。
ここでは、この可愛いベルで「チリンチリーン」と鳴らして知らせる。鳴らすのは1回でいいと、2, 3回おもしろくて鳴らしてしまった。鳴らしたくなるよね。
僕が入ってから、ひとつシェフたちに変化があった。それは、まぁ僕が勝手にいつもの調子でやっていたんだけれども、デシャップ(テーブル)や扉、そして料理を盛られた器をサービスが持っていく前にきれいに拭くということだ。
僕はクセで少しでも暇さえあれば、常にテーブルなりどこなり拭き上げてってしまう。
こういう食堂ではお皿を基本、几帳面に拭くことがないらしいんだけど、僕が入って3日目から、サービスの人たちも少しでもお皿が汚れていると運ばなくなっていった。
営業が終わると、厨房の掃除を初め、お客さんがいても料理人たちは先に帰る。
僕が掃除をし始めると、シェフたちは「バスタ! バスタ!!, ベリッシモ!」とやり過ぎなのか、早く帰ろうといつも笑いながら言ってくる。
冷蔵庫の内側のゴムのとことか、蛇口の溝を竹串でやるのはやり過ぎだったようだ。
早いこと、もう2週間ほどたち働かせてもらう日も終わりに近づいてきた。
ほぼ全てのメニューの料理を仕込ませてくれ、営業中には突然やってきた言葉もわからない僕にパスタもメインも作らせてくれた。肉の火入れはナオトの方がうまいとシェフも言ってくれ、火入れを教えてあげたりもした。
そもそも、肉を焼くプランチャ(鉄板)の温度が低いことから改善した。
だが、まだ1つだけ1番学びたい料理の仕込みを教えてもらっていない。
そう、ボロネーゼのラグーだ。
シェフに頼んでみると、次の週に仕込もうと思っていたらしく、でもそれじゃあ、僕は学べない、翌週には次の場所にたたなければならない。
2日に渡りシェフにお願いし続け、最終日に教えてもらえることとなった。でも一言、「ナオトが最初から全部やるんだぞ」っと。
そんなの、むしろもってこいだ。1番望むところ。やっぱり、1から自分で全部やるのが1番勉強になる。
明日へ向け、期待とやる気を膨らましながら眠りについた...
To be continued...
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