実家の自転車処分。一人暮らしの母のサポートは続く。
今日から3連休。初日は母の様子見に。
今週の睡眠負債とストレスフルな日々もあって、昼過ぎまでゴロゴロとして、ようやく回復。
予定より遅れて高齢の母が一人暮らしをしている実家に向かった。
実家のマンションでは、毎年自転車を登録制にして、使わない自転車を廃棄してくれるのだけれど、今年もその案内が来たようで、母が途方にくれていた。
高齢者の一人暮らしには、マンションの登録番号と警察の防犯登録番号を書類に書いて申請といった手続きは難しい。
昨年も同じ手続きをしていたので、私の方で対応。
実家には、昨年亡くなった父の自転車ともう乗ることはないはずの母の自転車が残っていて、今年は2台とも廃棄するのだろうと思いきや、母の方は買い物で重い荷物を載せるかもしれないから、と残すという。無理に今年捨てる必要もないので、受け入れる。
一方、父のほうは捨てて良いと即決。そんなものかと思う。
父の死後、実家に行くたびに、認知症の母から父はどこにいるの?、死んだの?と聞かれ、私が、昨年亡くなったんだ、と答えるやりとりをしているのだけれど、こういう時は父が亡くなったことを認識している様子。人間の脳は本当に不思議だ。
父の自転車は、生前、父が買い物に行くのに必要だと、自分のへそくりの中から買った比較的新しい自転車で、買った時には少し嬉しそうに買ったことを教えてくれた。
捨てるのが忍びない思いもあったけれど、もう誰も乗ることはない。
心の中で自転車への感謝と父へのお詫びをしながら、複雑な思いで自転車を廃棄場所まで移動させた。
母には対応が終わったことを伝えて、メモ書きも残したものの、こういった不安を感じることがあると動揺して、認知状態が悪くなる。帰ってくるまでに何度も同じ質問をされ、その度に、もう手続きは終わったことを伝えるの繰り返し。
明日は兄が担当だけれど、きっと同じ質問が繰り返されるのだろう。兄がイライラする姿が目に浮かぶが仕方ない。
再来週には、排水管清掃もあるようで、立ち会いが必要。
細々としたことを含めて、家を維持するのに対応が必要なんだと改めて実感。
いつまで続くのかはわからないけれど、目の前の用事を一つずつこなしていくことにしよう。
〜今日はこんな本を聴きながら実家へ〜50代になり生活を見直すのに良い気づきをもらいました。
〜夜の自宅にて。タイトル画像は今日の空。残暑が厳しいので、体調管理に気をつけたいですね。良い週末をお過ごしください。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。