映画『あつい胸さわぎ』をみる。
1月以来のシネ・リーブル梅田であります。平日のお昼にも関わらずほぼ満席状態で、そんな高い期待度にも真正面から応えてくれる1本と出会いました。『あつい胸さわぎ』が纏うダブル・ミーニングについては、是非スクリーンで体感して下さい。ここで説明してしまうのは野暮ったい感じがしました。でも1つだけ小出しすると、やっぱりラストシーンで一番胸がさわいだ。
幼少期に父親と離別した母娘を演じるのは、常盤貴子、吉田美月喜。関西弁の芝居がずっと心に残っているのは、和歌山市雑賀崎を舞台に選んだことや常盤さん自身が西宮市で育ったこと。あるいは舞台劇の映画化ならではの間やテンポ感が、プラスに作用している部分も大きかったかもわかりません。やっぱりここにもいた、三浦誠己、佐藤緋美。『ケイコ〜』ぶりの再会。
若年性乳がんを、コミカルに映し出すということについて。
様々、意見があるところです。男性目線、女性目線といった単純な対立軸で説明はつきません。未成年であること、そのひとり親として何を思うのか。彼女を取り巻く人間関係、特に初恋相手との再会を通じ「トラウマ」を克服していこうともがく姿。医学的視点からの助言も非常に丁寧に描かれており、今出せる最も良いバランス感だったと思いました。
いかにも湿っぽくなりそうな場面で、ここぞとばかりにひと笑い振り撒いてくれるところが非常に温かい。茶化すでもなく、うやむやにするでもなく、また無理に作り出す笑顔とも違う。客席から自然と笑いが湧き起こったのもつまりはそういうことです。現実と向き合い、未来へ向かっていく93分間。ありがちな「悲劇のヒロイン」はラストシーンにも出てきませんでした。
上質な人間ドラマ、そして女優・前田敦子の快演。
近年稀に見る当たり役ではなかったでしょうか。恋愛の甘い部分も苦い部分もフェアーに描いている作品だからこそ、時に人の持つ純朴さやズルさが顕になったりもする。そこで無理に正解を導き出そうとせずに、観衆へそっと投げ掛けられるよな空気が非常に心地良く、上品で。千夏の相談役を買って出たはずの透子がなぜ…の真相は中盤過ぎに突如訪れますので、瞬き厳禁。
「悔しかったら大人になりな」が決して必勝フレーズではないということ、大人になるほど身に染みてくるのですよね。でも彼女はそう語り掛ける他になかった、大人になり切れないでいるという裏返しでもあった。女は弱し、されど母は強しなんてこのご時世口走ろうものなら、木村さんみたいねと苦笑いされるでしょうか。色んな女性像が出てきます、ホント良い映画です。
過度なネタバレを防ぎつつレビューすることの、難しさについて。
『ケイコ〜』だって大絶賛ロングラン中ですし、まだまだ書き足りない話が沢山ある。シンプルにもう1回観たい。文字情報で読んだくらいでわかった気になれる映画って、それ本当に良い作品なんでしょうか。卑屈。とはいえ、『ケイコ〜』の時にも感じた「色彩心理の妙」みたいなものについて若干のメタ考察をさせて下さい。ちょっとお時間、失礼します。
ふとジムのシーンで赤白青のリングロープを観た時、これは理髪店のサインポールと同じかもしれないと思ったんです。急に何を言い出すんだ。つまり動脈と静脈、そして包帯の白を模している(※諸説あり)と言われるアレです。そういえばジムの会長は赤い帽子を被っていたよなとか、ケイコのパーカーは青かったっけ、などとそこからあれこれ考え始めるようになって。
『あつい胸さわぎ』に話を戻します。
冒頭、吉田さん演じる千夏が着替える場面。緑色のシャツを勝手に洗濯され代わりに赤いシャツを着て、通い始めた美大へとペダルを漕ぎ進める。情熱の赤と落ち着きを対照させる緑、胸さわぎの序章といった様相でしょうか。がん検診の再検査が決まって以降、今度は一転白いシャツを着る場面が増えこれって赤血球と白血球なのでは…などという余計な邪推まで働いてきて。
常盤さんは青基調、初恋相手はモノトーンの印象が強い。赤と青、白と黒。複雑に絡み合う人間模様みたいなものが染み出していたように映りました、というのは些か考え過ぎでしょうか。そのオカルト話乗るわって方は是非、公式サイトのキャスト欄をご覧下さい。役名一つひとつにもパーソナリティがしっかりと乗っかっているのがわかる。大いに深読みして楽しむべし。
ター坊こと佐藤緋美がラストで全部掻っ攫います。泣きながら笑いましょ。