#海の静けさと幸ある航海
【コラボショートショート】柚子の香
新潟の新居に住み始めて、はじめての冬。晴天の日が多く乾燥している関東とは違い、重たい雲が空を覆っている。
「澪さん、懇意にしている旅館のご主人からたくさん柚子をいただきましたよ!」
僕は籠いっぱいの柚子を、テーブルの上に置いた。
澪さんは柚子をひとつ手に取って、香りを嗅いだ。彼女は目の前にいるのに、心は別のところにいるようで、僕は不安になった。
そんな僕の気持ちが伝わったのか、澪さんは
【コラボショートショート】月の世界で眠るあなた
澪さんと再婚し、新潟に住み始めて1年。縁側に座っていると、金木犀の香りに包まれる。
今宵は十五夜。自宅の周りは空き家のため、月明かりが際立って見える。日が落ちる前に近所の空き地から採ってきた芒が潮風に揺れる。
「月の世界から輝夜姫を迎えにきたのは、こんな夜だったのかな……」
いにしえでは、月の世界は死者の世界だと言われていた。僕はこの世を去った前妻、実咲さんに思いを馳せた。
僕がまだ24歳
【コラボショートショート】お手玉の日
9/20は「お手玉の日」、may_citrusさんの小説「海の静けさと幸ある航海」と「ピンポンマムの約束」の間のショートショートが浮かんだので、書いてみました。
僕の愛妻・澪さんが、職場から大量の端布を持って帰ってきた。
「どうしたんですか、その大量の端布!」
「今度、うちの病院で地域交流のフリーマーケットを催すんですが、担当の病棟の看護師はお手玉を作ることにしたんです」
澪さんの職場は精
【コラボ小説「ただよふ」番外編】陸《おか》で休む エピローグ (「澪標」シリーズより)
新潟の新居での結婚式当日。
「見たまえ、子どもたち!お母さん良い仕事をしたと思わない?」
紋付袴を着付けてくれた美生さんが、僕の晴れ姿を孫たちに披露した。
「おじいちゃん、格好いい!澪さんも早く見せて!!」
孫たちは、結婚式という非日常の空気感に興奮気味になっている。
「航さん……」
別の部屋で着付けされていた澪さんが、緊張ぎみに僕の目の前に現れた。孫たちは、急にお行儀が良くなった。
「あ
【コラボ小説「ただよふ」番外編】陸《おか》で休む 17 (「澪標」シリーズより)
実咲さんの一周忌法要から小山のアパートに帰宅すると、出迎えてくれた澪さんが玄関で僕を抱き締めた。
「法事、どうでしたか?」
澪さんには、実咲さんの妹のみのりさんが参列することを伝えなかった。ましてや「前妻を忘れるな」と言われたことを、再婚相手である澪さんに伝えるわけにはいかなかった。僕は澪さんに心配をかけまいと、そっと彼女の体から離れ、笑顔を作った。
「……滞りなく済みましたよ。ああ、僕、お
【コラボ小説「ただよふ」番外編】陸《おか》で休む 16 (「澪標」シリーズより)
新居に仕事に結婚式と忙しくなるので、志津への報告は籍を入れてからなんて悠長なことは言えなくなった。
僕は竹内くんの電話を切った後、すぐに志津に電話を掛けた。
「志津、こないだは青梅ありがとう。梅シロップにして今日いただいたんだけど、すごく美味しかったよ」
「おお、そうか!うちは、梅酒にして飲んだぞ。あっ、糖尿なんだから酒は控えろなんて野暮なことは言うなよ?旬を味わうのは、大事なんだからな!」
【コラボ小説「ただよふ」番外編】陸《おか》で休む 15 (「澪標」シリーズより)
無事に仲直りした僕たちは、翌日一緒に梅仕事をした。血圧を気にして、アルコール類を控えている澪さんも楽しめるよう、梅酒ではなく梅シロップを仕込んだ。氷砂糖が溶け飲み頃になった頃、ちょうど益子で絵付けをした湯呑みが小山のアパートに届いた。僕たちは、梅シロップを炭酸水で割って梅ジュースにして、出来上がったばかりの湯呑みでいただくことにした。
「……何だか、下手な絵で申し訳ないです」
僕の湯呑みには、台
【コラボ小説「ただよふ」番外編】陸《おか》で休む 14 (「澪標」シリーズより)
澪さんとケンカして、アパートを出たものの、帰り道が分からず、田んぼのど真ん中で雨の中途方に暮れていると、農道に入ってきた軽自動車のヘッドライトに照らされた。
「あれ?あなたは、最近うちの店に来てくれている人ですよね?どうかされましたか?」
軽自動車から降りてきたのは、レコードカフェの店主だった。カフェの営業を終え、自宅に帰るところだったらしい。
店主はずぶ濡れの僕を軽自動車に乗せ、カフェに連れ
【コラボ小説「ただよふ」番外編】陸《おか》で休む 13 (「澪標」シリーズより)
益子焼の工房で、澪さんの元夫に「澪さんの夫」だと啖呵を切った僕だったが、まだ正式に澪さんを籍に入れていなかった。澪さんの「還暦までは『鈴木澪』として看護師長の仕事を全うしたい」という意向からだ。キリの良いところまで全力で働きたいという気持ちは充分理解は出来る。僕は、モヤモヤとした気持ちを抱えながら、紫陽花の咲く季節を迎えた。
週末、澪さんが看護師長当直で自宅に帰らないので、東京の息子の航平の家に
【コラボ小説「ただよふ」番外編】陸《おか》で休む 12 (「澪標」シリーズより)
新緑が眩しい季節。僕は澪さんの自動車を借り、久しぶりに運転していた。行き先は栃木県の南東部にある益子町、焼き物の産地である。
「航さん、具合はどうですか?」
澪さんが助手席から心配そうに僕の様子を窺っている。
「特に問題はないですよ」
現代は自動運転システムが発達して、高齢者による事故は激減している。交通機関が限られた土地に住み始めたので、免許を返納しなくて良かったと思った。
「すいません。
【コラボ小説「ただよふ」番外編】陸《おか》で休む 11 (「澪標」シリーズより)
空が少し明るくなってきた頃、僕は澪さんのセットした目覚まし時計のアラームで目を覚ました。
澪さんはアラームを解除すると、寝ぼけまなこで僕の顔を見た。
「……航さんがうちに居る。夢じゃなくて良かった」
僕の存在にほっとしたのか、澪さんはそのまま二度寝に落ちてしまった。
昨日は澪さんのご両親の挨拶から帰った後も、家事をしたり、僕の相手をしたり、何かと忙しくしていた。看護師長の激務とは違った疲れが