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【コラボ小説「ただよふ」番外編】陸《おか》で休む 12 (「澪標」シリーズより)


新緑が眩しい季節。僕は澪さんの自動車を借り、久しぶりに運転していた。行き先は栃木県の南東部にある益子町、焼き物の産地である。

「航さん、具合はどうですか?」
澪さんが助手席から心配そうに僕の様子を窺っている。

「特に問題はないですよ」
現代は自動運転システムが発達して、高齢者による事故は激減している。交通機関が限られた土地に住み始めたので、免許を返納しなくて良かったと思った。

「すいません。連休中なら陶器市が催されていたのですが……休みをいただいた日に、その日の担当の看護師が体調を崩してしまいまして……」
澪さんの声が沈んでいる。

「急な呼び出しだったんです。仕方ないですよ」
僕は落ち込んでいる澪さんを宥めた。仕方ないと言いつつ、連休中の出勤が多かったことが気になっていた。

「そういえば……航平さん、そろそろお誕生日ですよね!」

「はい。自宅用だけでなく、息子のプレゼントも探したいです」

近年、息子の航平は「父さんが元気なら、プレゼントはいらない」と言っていた。だが、僕が脳梗塞で倒れて心配をかけたし、何より澪さんを連れてきてくれた息子に、心を込めて何か贈り物をしたいと思っていた。

「素敵なものが、見つかると良いですね」

僕は益子のお出掛けが、澪さんとの宝物探しのようで、胸が躍っていた。

益子焼の工房に着くと、僕たちはショップコーナーのお茶碗を中心に見て回った。同じように見えるものでも、手にとってみると違いがあった。吟味し過ぎて、澪さんは呆れていた。

お腹が空いてきたので、工房に併設しているカフェでランチをいただいた。季節で変わるというパスタやスイーツは、工房で作られた益子焼に盛り付けられていた。澪さんがあまりにも美味しそうに平らげたので、食が細くなりがちだった僕もつられて完食してしまった。

「益子焼は、江戸時代末期に笠間で修行した大塚啓三郎が益子に窯を築いたのが始まりと言われています。益子の陶土は、精巧な器を作るのには向かなかったので、昔は日用品が主に作られていたんです。日本全国に知られるようになったのは、民藝のハマショウこと濱田庄司が作陶を始めてからです──あなたは地元ですから、知っているかもしれないですが」
僕は食後のコーヒーを飲み干した。

澪さんは、工房の庭で採れたというカモミールのハーブティーを飲み、「さすがに、栃木出身でもそこまで詳しくはないです。勉強になりました」と言ってくれた。
澪さんは僕の調べたことを、昔から真剣に聴いてくれるので、ついつい説明に熱が入ってしまうのだった。

工房に戻ると、オーナーが「絵付け体験やって行きませんか?」と勧めてきた。

「僕は絵は得意ではないのですが……」

「航さん、やって行きましょうよ!完成したら、お互い描いたものを交換しましょう」

僕たちは、益子焼の絵付け体験をすることにした。黒豆茶をよく飲むので、素焼きの湯呑みを選んだ。

筆を持つ手が震えているのは、脳梗塞の後遺症ではなく、緊張からだった。眉間に深いシワを寄せつつ、どうにか湯呑みに絵を描き込むことが出来た。

「澪さん、僕の方は描き終わりましたよ。澪さんの方は、どうなりましたか?」

澪さんは、湯呑みと筆を持ったまま、固まっていた。手元を見ると、大きな台形が描かれていた。

「……澪さん、これはいったい何ですか?」

「航さんといえば、海じゃないですか。船を描こうと思ったのですが、上手く描けなくて、どんどん大きくなってしまいました」

僕は、手先の器用な澪さんの意外な一面を見た。

「台形の上に三角の旗を描くと、それっぽくなりますよ」

「あっ、船に見えるようになりました。アドバイスありがとうございます!航さんは、何を描いてくださったのですか?」

「澪さんといえば、ハーブでしょう。湯呑み全体にハーブの葉を描き込みました」

「わぁ、ボタニカルですね!」

焼き上がった湯呑みが届くのは1ヶ月後である。僕たちは「焼き上がりが楽しみだね」と微笑みあった。

僕たちは、自宅用にご飯茶碗と大皿を購入した。息子のプレゼントをどうしようと悩んでいた時、澪さんが「これなんてどうですか?」と、お洒落な柄入りの植木鉢を持ってきてくれた。

「これから花の季節ですし、良いですね。これにします。そうだ、うちにも買っていきましょう。ハーブを育ててみたいです」

息子のプレゼント用と小山の自宅用に、植木鉢を2つ購入した。

小山に帰る前、僕は工房のトイレを借りた。トイレを出ると、澪さんが60歳ぐらいの男性と何か話していた。よく見ると、その男性は澪さんの元夫だった。昔、澪さんの同期の竹内くんから、澪さんの結婚写真の画像を見せられたので、顔は知っていた。話の内容は聞き取れなかったが、澪さんは深く頭を下げていた。

「澪さん!」
僕は切り込むように、名前を呼んだ。

「この男性ひとは?」
僕が誰なのか、元夫が澪さんに聞いてきたので、澪さんが答える前に、僕は自分から「澪さんの夫です!」と答えた。

「そうか、君……再婚したのか。どうか幸せに」
そう言って、元夫は去っていった。

澪さんは、「帰りは私が運転しますね!」と言って、男性について語ることはなかった。彼が元夫であると僕が知っていることを、あなたは知らない。

僕は今の幸せが壊れることを怖れて、元夫と何を話していたのか聞くことが出来なかった。

参考資料:Wikipedia



may_citrusさん原作「澪標」デート回は、9話です。若い頃の2人のデートを、ぜひ楽しんでください。


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さくらゆき
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