自分が分からない話
私は仕事が出来る、らしい。
私はきゃっきゃと笑ってる時が1番可愛い、らしい。
私はピザが好き、らしい。
私は自分で自分を追い詰める、らしい。
「らしい。」というのは、人に言われたものの、自分ではよく分からないから。
決して相手を疑っているとか、嫌悪感を抱いているとか、納得できないとか、そういうことではない。
言われたことに実感が湧かないのだ。
「何故そう思われたんだろう」と、頭にハテナが浮かんだ状態。
私は仕事が出来る…?
他にもできる人はたくさんいるし、経験やら勉強やらを積めば誰にでも出来るのでは?
私がきゃっきゃと笑ってる時…?
それっていつ?どんな時?
私はピザが好き…?
確かによくイタリアン選ぶけど、それって好きだからなの?
というか、私ってそんなに分かりやすくピザばかり食べてる?
私は自分で自分を追い詰める…?
追い詰めてるつもりはないけど、置いてけぼりになるの怖いじゃん
などなど、言われたことがどうも腹落ちしないことが多い。
褒められると否定したくなるわけではない。
(そもそも褒められている自覚がない)
「私なんて」という枕詞をつけて、自分を卑下するつもりもない。
ただ、【自分が分からない】のだ。
しかも私は他人のこともよく分かっていないらしい。(この話はいつかどこかで)
「自分ってどんな人?」と聞かれても、私は全く答えられない。
自分が疲れていること、嫌なこと、好きなこと、楽しいことなどの自分の状態が分かるようで分からない。
自分を勉強し始めて、ほんの少し心のモヤモヤに気が付いたり、言語化できるようになった。
それでも、自分がどんな人間か説明できるほどではない。
勉強すればするほど、私は驚くほどに自分が自分を分かっていないことが浮き彫りになった。
↓自分を勉強する話はこちらで↓
自分の勉強を進めていると、私の悩みの大半は自分を分かっていないことが原因だと分かった。
人間関係に悩んだ時、誰の課題か分からなくなり、何故か「自分がなんとかせねば」と思い込む。
嫌なことを言われた時、「嫌なこと」かどうかが分からず、まずは自分を責める。
疲れている時、疲れていることに気づかず、休むどころか予定を詰め込んで体調を崩す。
お腹が空いた時、たくさん食べ物を用意しすぎて食べきれない。
などなど、自分を分かっていないエピソードが山ほどある。
自分のことが分かるなんて、人によっては当たり前のことかもしれない。
しかも『自分から見た自分』と『他人から見た自分』は違うし、自分の全てが分かるようになることは難しいのかもしれない。
それでも私は自分を知りたい。
自分を分かるようになったら、悩みのほとんどが無くなるかもしれない。
人間界は生きづらいと思っていたけど、それは自分が原因だったのかもしれない。
いつかこんなにも世話が焼ける自分を「素敵だな」と思える日が来たらいいな🌸