日本酒のおいしさ 3 淡麗と濃醇、コクか雑味か
淡麗は、すっきりしたきれいな味わいの意味で使用されているが、昭和5年に書かれた吟醸酒に関する解説には「通常吟醸酒とは米の精白を吟味し、あらん限りの知識を傾倒して、醸造したもので色澤淡麗な濃醇酒を意味し、(以下省略)」と記載されており*、味ではなく色澤など外見を表す用語であったことがわかる。
小穴冨士夫: 酒造の理論と実際, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1915/25/11/25_11_41/_article/-char/ja/
醇には一字で味の濃い酒、コクのある酒の意味があり、一方、味のうすい酒を表す漢字は醨である。コクがあり濃いの反対はうすく水っぽいになるが、戦後、精米や醸造技術の進歩、醸造アルコールの使用などにより濃さはあまり感じないがすっきりとして好ましいと感じられる酒が生まれ、淡麗が味の表現として使われるようになったと考えられる。さて、淡麗辛口がトレンドであった清酒であるが、淡麗辛口フルーティを極めると麦や米の減圧蒸留焼酎になってしまう。そこで最近、適度な味の濃さ、コク、酸味やうま味を意識した商品が増えてきた。
味の濃さには、甘味、酸味及びアルコール分が関係することは容易に想像できる。もうひとつの重要な要因が、アミノ酸やペプチドといった窒素成分である。宮城県酒造組合では、ブドウ糖濃度、酸度、アルコール分、アミノ酸度を変数とした式から濃淡指数を求め「みやぎの酒選り取りナビ」に利用している*。
* 橋本健哉: 推奨評価について, https://miyagisake.jp/evaluation/
清酒は、ビールやワインに比べて米のタンパク質に由来する窒素成分が多い。発酵工程で原料米の窒素の約55%が溶解し、清酒に30~33%移行する。その窒素成分の約半分は遊離アミノ酸で、残りの大部分がペプチドである*。
* 橋爪克己: 清酒醪の窒素収支, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1988/101/9/101_9_723/_article/-char/ja/
遊離アミノ酸は20種類以上あるが、清酒の味に直接関係しているのはアスパラギン酸、グルタミン酸、アラニン、アルギニンの4種類と考えられている*。このうち苦味を有するアミノ酸であるアルギニンの含有量は酒間の変動が大きく醸造方法の違いが影響しやすい。一方、ペプチドでは、秋田県立大学の橋爪教授が、清酒中から強い苦味を有するペプチドを発見している*。これらの苦味を呈する物質は、味の濃さとともに雑味に寄与している。
* 岩野君夫他: 清酒の呈味性に影響を及ぼすアミノ酸の探索, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1988/99/9/99_9_659/_article/-char/ja/
* 橋爪克己: 原料米タンパク質に由来する清酒の苦味ペプチド, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1988/103/8/103_8_574/_article/-char/ja/
雑味・きれいさは、甘口・辛口、濃い・うすいとともに清酒の味の基本構造である。雑味は、苦味とも渋味ともわからない不快な味をいい、光や高温など清酒の保管状態が悪いと増え活性炭を使用すると除かれる。そこに注目して分析を行ったところ、雑味成分は、アミノ酸の代謝・分解産物であるチロソール、ハルマン、苦味ペプチドなどの苦味を呈する物質であることがわかった*。これらは濃度が低いところでは味の濃さとして感じられ、濃度が高くなるにつれ雑味、さらに苦味として感じられるようである。苦味成分は必ずしも悪者ではなく、うまく制御することがコクのある酒を造るポイントである。例えば、生もと造りの酒では、のどに近い舌の奥のあたりで味の濃さ(ゴク味という人もいる)を感じるが、これは生もと造りを行った場合に酒に多く含まれるペプチドが関与している。また、山形県工業技術センターでは、個性ある酒質や低アルコールにおける味の調和を意図したチロソール高生産酵母を開発している。
* 佐藤信他: 清酒の味覚に関する研究(第4・5・6報)雑味成分について, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1915/70/7/70_7_509/_article/-char/ja/
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1915/70/7/70_7_513/_article/-char/ja
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1915/70/11/70_11_821/_article/-char/ja/
初出 醸界協力新聞社 2013
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