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チーズに恋したねずみの話

ねずみはチーズに恋をした。

そのつるんとした乳白色の肌に、でこぼこと空いたたくさんの穴に、ふわり香り経つその匂いに。

ねずみは毎日チーズを眺めた。
自分の巣穴を塞ぐように突っ込まれたチーズに、毎朝毎晩、愛を囁いた。

完全に一目惚れである。
なんだか美味しそうな匂いがするけれど、口付けるには、ドキドキしすぎて触れられない。

チーズを巣穴の入り口から退かさなければ通れないけれど、ねずみはやっぱり触れられない。
だって嫌われたくないのだから。

世界はねずみとチーズのふたりきりだった。
ねずみはそれで幸せだった。
ねずみはチーズにたくさん話しかけた。
答えがなくとも話しかけた。
いつか答えが返ってくるような、そんな気がしていたから。

ある日とうとう空腹に耐えきれなくて、ねずみはチーズに口付けた。
ねずみはもう何日もご飯を食べていなかったもので、肋が浮き出る程にやせていた。
チーズは、美味しかった。
涙が出るほど美味しかった。

ねずみは泣きながら、なんどもなんども謝った。
恋したチーズを貪りながら、動けなくなるまで食べ尽くした。

『美味しく食べてくれてありがとう』

チーズがねずみにそう言った、ような気がした。


お腹がぱんぱんに膨れたままねずみは、泣きながらそっと眠りについた。
静かに眠りについたまま、ねずみが目覚める事はなかった。

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宮田みや
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