死神
「残念ながら、あなたは死にました。」
黒い服を着た男は、にこやかにそう言い放った。
死神と名乗る男が死神という肩書きの書かれた名刺を持って来て死亡宣告をして来た日から今日で一週間。
驚くほどに何もない日々を送っている。
いつもと同じ時間に起きて、バイトへ向かって、仕事をこなす。
死んだと言われてはいそうですか。なんてなる訳もなく、本当に死んだのなら何かしら日常が変わってもいいはずなのにそれもなく、代わり映えのしない七日間は一瞬で過ぎた。
「あなたが死を受け入れないと天界に迎えません。あまり長くこの地に縛られていると転生の輪から外れてしまいます。早めのご決断を。」
黒い服を着た男は、時たま気が向いたように現れてはこんなようなことを言う。”早めのご決断を”なんて言われても、死んだ実感がないのだし、今でも普通に働いているのだからおかしな話だ。けれどなぜかこの怪しげな男を突き放すことができなかった。
それは、この男の持つ独特の雰囲気のせいなのか。やけに整った顔立ちのわりに印象に残らない、なんだか暗い、いや、昏い感じのする男だった。
高そうな黒いスーツを着こなして、音もなく現れる。
音が現れる場所も時間も不規則で、周囲にどれだけ人がいようと、男と話している間は誰の視界にも映らないでいるような、そんな不思議な感覚だった。
「最終通告です。明日の午前二時、イシガヤ交差点の中央でお待ちしております。着ていただけない場合、もしくはご自身の死亡を認められない場合、即座に処理対象となりますのでご留意ください。」
男は、人がコンビニでバイトしている最中にレジに割り込んでそれだけ言うと、消えるようにいなくなってしまった。
最終通告?いやそれよりも、処理の対象?どういうことだ?
訳が分からなくなって呆然としていると、割り込まれていたはずの客が何事もなかったかのように、商品をエコバックに詰め始めた。
「え、ちょっと待ってお客さん……!」
やめさせようと手を出してふとあるものが目に入った。
それは、自分の腹から生えた人の手だった。
正確には違う。後ろに立っていたバイト仲間の腕が、自分の腹をすり抜けて突き出ているのだ。
この一週間、自分がバイトをしているのだと思っていた。コンビニの、それも深夜の時間帯、立地的にもこの時間は人が少ない。一人で働くこともしばしばあった。それをやっているのは自分だと、一体いつから勘違いしていたんだ?
”残念ながらあなたは死にました。”
初めてそう言われた時、そういえばそれ以外にも何か言っていなかったか?
あまりにも唐突で馬鹿げていて聞き流した言葉の続きは、一体なんだったのか。
気がつくと、コンビニを抜け出して走り出していた。
そうか、死んだのか。死んでしまったのか。
まだやりたいことあったのに、こんなところで燻っているだけで終わる、そんな人生だったのか。
泣きながら、ただがむしゃらに走っていたら、いつの間にか男の指定していたイシガヤの交差点まで来てしまっていた。
「おや、思ったよりもお早いご到着で。」
無表情で無愛想な男の眉が僅かに上がる。
だだっ広い交差点の中央に、その男、死神は立っていた。
引き寄せられるようにふらふらと男の元へ足が向かう。そういえばこんな夜が前にもなかったっけか……。
「うっ!」
突然強く殴られたように頭が痛み出した。
目の眩むような衝撃で視界がチカチカする、まぶしい。あれ、そういえばこんなように目の前が真っ白になったこと、以前もあったような……
「20XX年○月△日、午前二時。急な体調不良によりバイトを早退したあなたは深夜帯ということもあり判断力が低下したまま赤信号を横断。走行中のトラックと衝突し死亡しました。」
そうだ、あの日はなんだか体調が悪くて、早上がりさせてもらったんだ……そして、そして——。
その場に崩れ落ち、動けないでいるこちらに、死神は静かに近付いてくる。
差し伸ばされた手には黒い皮の手袋。細かいところまでよく拘っているな、なんてどうでもいい事を考えて目を閉じる。
これが最後の記憶だった。
『相次ぐ失踪事件。この事件の真相は未だ明らかにはなっていません。関係者によると、失踪する直前に黒尽くめの男と接触しているとの情報があり、警察は事件と事故、両方から捜査を進めています。また、これらは——』
「わたくし、死神と申します。誠に残念ながら、あなたは死にました。」
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