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【ミステリーレビュー】まどろみ消去/森博嗣(1997)

まどろみ消去/森博嗣

森博嗣としては初の短編集となった全11編のミステリィを収録した1冊。


内容紹介


大学のミステリィ研究会が「ミステリィツアー」を企画した。
参加者は、屋上で踊る30人のインディアンを目撃する。
現場に行ってみると、そこには誰もいなかった。
屋上への出入り口に立てられた見張りは、何も見なかったと証言するが……。(「誰もいなくなった」)
ほか美しく洗練され、時に冷徹な11の短編集。

講談社


解説/感想(ネタバレなし)


1997年7月の発刊。
S&Mシリーズの「封印再度」と「幻惑の死と使途」の間に発表されていて、「ミステリィ対戦の前夜」、「誰もいなくなった」には西之園萌絵をはじめとしたS&Mシリーズの主要メンバーも登場している。
どちらも萌絵が所属するミステリィ研究会の活動に関する内容となっていて、本編で書き切れなかった日常回という見方もできるだろう。

全11編ということで、ひとつひとつはサクサクと読むことができる文量。
幻想小説や科学エッセイなど、作風が幅広い著者らしく、趣向は様々で飽きさせない。
実際、正統派のミステリィと呼べるのは、1/3ぐらいではなかろうか。
それ以外は、ミステリィの要素をどこかに含みつつも、哲学的であったり純文学的であったり。
彼らしい、アンチミステリィな作品も収録されていた。

率直な感想としては、ネタ帳をもう少し形にしたもの、といった印象。
本編で使うには設定が限定されすぎるものの、アイディアは良く、決して切れ味が劣るものではなし。
埋もれてしまうことなく日の目を見て良かったな、といったところ。
S&Mシリーズと繋がる2編については、西之園萌絵は知られていることが前提になっているので、ゼロから読んでも問題はないとはいえ、シリーズ作品を読んでからのほうが良いだろうか。



総評(ネタバレ注意)


全体観としては、上記のとおり手軽に様々なタイプのミステリーが楽しめる作品。
やはり理系色は強く、著者らしい捻りは入ってくるので王道の本格ミステリーとはいかないのだが、そんなに重厚な空気感はない。
お洒落なオチがついているものも多く、後味も悪くない粒ぞろいである。
しかし、最後に配置された「キシマ先生の静かな生活」の余韻がすべてを持っていってしまう。
森博嗣流の純文学といったところで、何とも言えないラストシーンによってミステリーとは別ベクトルでの無限の思考に誘われた。

以下、個々の短編の感想。

「虚空の黙祷者」
殺人容疑をかけられたまま失踪してから5年、街を出ることにしたミドリが、夫の友人であり、被害者の息子となる男にプロポーズされる。
純愛ともとれるし、打算的ともとれる、美しさと不気味さが共存した不思議な関係性。
この後、ふたりがすんなりと夫婦となっていくのかが気になってしまう。

「純白の女」
ユリカは、毎日、夫に手紙を書いている。
ユリカが書いた手紙の文体を通じて語られる部分が多いため、詩的でぼんやりとした色合い。
主観をどこまで疑うか、という叙述トリックを突き詰めたような作風で、読者を煙に巻いていく。

「彼女の迷宮」
夫が執筆している、自分がモデルとなった刑事が登場するミステリー小説。
小説内の自分に嫉妬するようになったサキは、自分で小説を書き換えて、編集者に提出してしまう。
これについては、アンチミステリィの一種だろうか。
作中作の謎が魅力的すぎて、"トリックは考えていない"のオチにはもやもやを感じずにはいられないのだが、是非このアイディアを膨らませて完成版を読ませてほしい。

「真夜中の悲鳴」
卒論のために連日泊まり込みで研究データの計測をしている大学院生のスピカは、実験中にとある現象に気が付く。
ミステリーとしては、これが何かしらの事件の痕跡かとメタ読みしてしまうのだが、先回りしたオチのつけ方が巧み。
サスペンス色は強いものの、正統派のミステリーとして楽しめる作品がようやく登場した印象だ。

「やさしい恋人へ僕から」
同人活動をしている大学生の"僕"と、ファンのスバルの交流。
ミステリアスなスバルの正体は、という展開に進むと見せかけた大胆な仕掛けが効いていて、最後の一行でひっくり返す。
これについては、90年代のオタク文化ということで、早々にトリックは見抜けたのだけれど、確証がないだけにドキドキは最後まで継続。

「ミステリィ対戦の前夜 」
西之園萌絵が遂に登場。ミステリィ研究会の部長・岡部に召集され、メンバーの品評会に参加した彼女だが、殺人事件に巻き込まれる。
"読者が犯人"というアイディアから膨らませて出来た作品と思われ、ミステリィ研究会の岡部と、萌絵のキャラクターが出来上がっているこそ成り立つ設定というのが絶妙。
S&Mシリーズのスピンオフにしなければ、この仕掛けは成立しなかっただろう。

「 誰もいなくなった」
作風としては、こちらのほうが正統派のS&Mシリーズの流れ。
ミステリィ研究会が主催したミステリィツアーに、ヨーコとフカシも参加。
参加者らは、屋上で3人の死体のそばで踊る30人のインディアンを目撃するが、近くにいたはずの見張り役は、誰も出入りしていない、と証言する。
ともすれば長編のトリックに用いても良さそうなアイディアだが、その状況を必然的に作り出すのは難しい。
ミステリィツアーというのも力業だが、短編だからこそとしておこう。

「何をするためにきたのか」
淡々と平凡に学生生活を送るフガクは、その存在意義に悩みながらも色々な人物と出会っていく。
これは解釈に迷うところなのだが、RPGのお約束の不自然さをリアルに置き換えることで可視化したシニカルな切り口ということでよいのかな。
人生は誰かがプログラムしたものだ、というメッセージまで受け取るべきだったりして。

「悩める刑事」
毎日夫の仕事の話を聞きたがる推理小説マニアのキヨノ。
しかし、夫のモリオは事件を扱う仕事は向いていないと考えていて、辞表を出してしまう。
この夫婦はどうなっていくのだろうか、といったところからのどんでん返し。
伏線がしっかり機能していて、もやもやが晴れる読後感も良し。

「心の法則」
モビカ氏に、彼の姉を紹介された男。
モザイクアートが趣味の彼女は、石を集める癖があった。
実験作というのか、問題作というのか。
夢の世界が入ってくるうえに、主観が安定しないため、非常に難解な作品。
ホラーにも通じるテイストがあり、得体の知れない不気味さに襲われる。

「キシマ先生の静かな生活」
研究者としての憧れと現実のメタファー。
ミステリィの要素はなく、当時の理系人間にとってのリアリティと向き合いつつ、淡々と心情を描写する純文学的な趣向も帯びている。
後に長編化している人気作でもあるが、ラストシーンでは不穏な描写もあって、やたら尾を引く余韻となっている。


#読書感想文







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