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【ミステリーレビュー】ペルシャ猫の謎/有栖川有栖(1999)
ペルシャ猫の謎/有栖川有栖
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"作家アリス"シリーズにおける<国名>シリーズ第5弾。
内容紹介
「買いなさい。損はさせないから」
話題騒然の表題作「ペルシャ猫の謎」。
血塗られた舞台に愛と憎しみが交錯する「切り裂きジャックを待ちながら」、名バイプレーヤー・森下刑事が主役となって名推理を披露する「赤い帽子」など、粒よりの傑作集。
〈国名シリーズ〉第5弾、火村・有栖川の名コンビはパワー全開!
解説/感想(ネタバレなし)
表題作こそ肝いり、ということなのだろうが、だとすると相当にチャレンジング。
短編7編を収録しているが、これまで以上の超短編や、ミステリー要素の薄い作品もあり、国名シリーズにして実験作と言えるかもしれない。
まず、最初の「切り裂きジャックを待ちながら」はアリスに事件の情報が入って、火村は後からの参加。
そこまで違和感がない形で、イレギュラーな作品であるというメッセージを発していたと考えられるのでは。
「わらう月」は、倒叙とは言えないまでも何か情報を伏せている語り部が視点人物となっているので、普段は見られないアリス評が新鮮だし、「赤い帽子」については、火村&アリスが登場すらしない。
森下刑事は、もう少しキャラクターを立てたいのだろうと思っていたのでスピンオフも納得で、地道な捜査が実を結ぶカタルシスは、短編だからこそと言えるだろう。
「悲劇的」と「猫と雨と助教授と」は、ミステリーとしての要素は薄く、日常の火村を描いた超短編。
オチがある「悲劇的」はシリーズの顔を借りたショートショートと捉えることができ、「猫と雨と助教授と」はシンプルに日常回。
ページ数的にはおまけのようなものだが、いよいよこういう姿も描かれるようになってきたか、と。
そして表題作だが、ネタバレが必須のため総評にて。
総評(ネタバレ注意)
アンチミステリーという意図もあったのかな。
兎にも角にも「ペルシャ猫の謎」が実験作。
ドッペルゲンガーを見た、と思ったら双子の弟でした、という話なら擦られつくしているが、その逆とは。
被害者の推理小説っぽくこじつけたい気持ちもわかるだけに、オカルトが結論というのは、新本格ミステリーの旗手、有栖川有栖作品だけに色々な意味で驚いてしまった。
この表題作の是非を問うのは難しいのだが、本作の共通テーマとして、"日常"が置かれているように思う。
非日常的な怪事件に巻き込まれる火村とアリス、という構図が続いていくと、彼らが厄病神のように揶揄されがちなのがシリーズを重ねた人気作の難しいところ。
しかし、その舞台歌では、あえて物語に仕立てていないだけで、謎っぽかったけど謎じゃなかった、不思議だけど解決しなかった、なんて事例も数々こなしているはずだ。
そんな日常的に繰り広げられている推理小説未満の事件を集めたコンセプト作と捉えれば、本作は案外一貫していたのではないだろうか。
「切り裂きジャックを待ちながら」
アリス経由で依頼を受ける以外は正攻法と言える。
身代金を要求するビデオと、その期日を待たずに殺されていた劇団員。
トリックがわかりやすいので短編ならではであるが、劇場型殺人事件は、やはりミステリーとして滾る。
「わらう月」
容疑者側の人物を視点人物に据えたのは、本作でのチャレンジのひとつ。
倒叙モノとも少し違っていて、心内描写に嘘はない、という条件の中で、主人公が何を隠しているのかを推理する形式。
アナログカメラを使ったことがない現代人には、なかなかピンとこないトリックになるのかな。
「暗号を撒く男」
これもアンチミステリーの要素を持っているなと。
暗号は事件とは関係なかった、という飲みの席での笑い話。
男が死んでいた家の各部屋に散らばった、違和感のあるアイテム。
この不自然さに駆り出された火村だが、彼の助力がなくても事件はあっさり解決。
捜査協力をしていればこういうこともあるか。
「赤い帽子」
甘いルックスを誇る森下刑事を主人公にしてスピンオフ。
"ビオラ"のくだりなど、推理要素もあるにはあるが、基本的には泥臭い捜査の結果、事実を積み上げて犯人を追い詰めていくという警察小説風の書きぶりになっていて、短編集の中にはこういう話があっても良いな。
警察からしてみれば、何らかの事件と関わっているのが"日常"なのである。
「悲劇的」
ショートショート的な超短編。
本作のひとつ前が「朱色の研究」だったこともあり、助教授としての一面に触れるにはやや物足りないエピソードとはなるが、律儀にコメントを返す火村に愛着が湧く。
「ペルシャ猫の謎」
前述のとおり、問題作。
もっとも、「朱色の研究」をはじめ、推理小説ではパニックの中で見た夢か現実かわからない情景がパズルのように真相に結びつく、なんてケースも散見されるが、真実である蓋然性が低い以上は気にしないのが現実的である。
火村の真意はともかく、ミステリーに感化されて真実を見ようとしない被害者への説得として、ドッペルゲンガーを持ち出すのが最適解だったと納得しようとは思う。
「猫と雨と助教授と」
おまけのような超短編。
火村の好感度が下がらないのは、こういう小話をちょいちょい挟んでくるからなのだろうが、それを期待しているのは事実。
"作家アリス"シリーズレベルの老舗であれば、なおさらキャラクターの掘り下げはあるに越したことがないのだろう。