【ミステリーレビュー】アヒルと鴨のコインロッカー/伊坂幸太郎(2003)
アヒルと鴨のコインロッカー/伊坂幸太郎
伊坂幸太郎にとって5作目となった長編小説。
あらすじ
大学進学のために、仙台に引っ越してきた椎名。
新居となるアパートの隣人・河崎から、初対面にも関わらず「一緒に本屋を襲わないか」と持ちかけられる。
真に受けるつもりはなかったのに、気が付けばモデルガンを手に書店の裏口に。
椎名を視点人物とした現在の物語と、ペットショップの店員・琴美を視点人物とした2年前の物語が、カットバック形式で進行していく。
概要/感想(ネタバレなし)
仙台を舞台にした作品が多いこともあり、何冊か読んではいたのだが、ミステリー作家という認識はあまりなかった伊坂幸太郎。
とりあえず、創元推理文庫から出版されているものなら、よりミステリーっぽい作品だろうな、と読んでみることに。
2003年、叢書ミステリ・フロンティアの第1回配本作品として刊行。
2007年には映画化もしており、代表作のひとつとなるのだろうか。
ほんのり青臭いドラマ性を滲ませ、哲学的なメッセージを問いかけ、日常と非日常の隙間を描いた冒険譚のようでもあるスタイルは、過去に読んだ伊坂作品とも一致していて、これが著者の作風なのだな、と。
一方で、河崎の真意や、2年前の事件との繋がりなど、謎や伏線を散りばめながら、最後にどんでん返しを持ってくる手法は、確かにミステリー的。
素直に物語として楽しむことも出来るし、犯人当てではないものの、伏線がどう回収されるかを推理しながら読むことも出来る。
色々な角度から好奇心をくすぐってくるので、なるほど、幅広い支持層を獲得できるわけだ。
最近は本格ミステリーばかり触れていたこともあり、新鮮な気持ちで時間が経つのも忘れて読み進めてしまった。
総評(ネタバレ注意)
大ネタについては、ミステリーだと意識して読んでいれば、推測が出来たかな。
時系列の異なるカットバック形式。
同じ人物に見えて、別人というトリックは想定内であり、比較的早い段階で辿り着くことができたかと。
ただし、それと本屋襲撃との関係性がわかるのは話が進んでから。
ストーリーの面白さを勘案すれば、あれこれ考えずに素直に驚くのが正解だったのかもしれない。
謎の美人・麗子は、最後まで謎のままだった。
2年前の事件に、もう少し絡んでいるのかと思ったものの、琴美の視点ではふわっとしたままで、気持ちの変化に至る過程がはっきりとは書かれていない。
そこが気になると言えば気になるのだが、意図的なものと解釈したい。
特に、バスの中での行動などは2年前の麗子の描写とはかけ離れていて、どちらかと言えば琴美らしさを連想させるエピソード。
"現在"で登場しない琴美が、麗子に成り代わっているのでは、というミスリードになっていた。
何より、ラストシーンが美しい。
椎名の視点では、最後、ドルジがどうなったのかはわからない。
それでも、琴美が見た"夢"としてラストシーンを事前に暗示していたことで、読者はその後の展開について、予測が出来る。
タイトルにもなっている"コインロッカー"を、ここでようやく登場させて印象づけるのも上手かった。
蓋を開けてみればダークな展開も多いのだが、モラトリアム世代の青春小説のような余韻を残す。
"主役"としての椎名の今後の人生に、また、生まれ変わってからの3人の物語に、どうか幸多きことを。