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【ミステリーレビュー】人形式モナリザ/森博嗣(1999)
人形式モナリザ/森博嗣
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瀬在丸紅子を主人公とした、森博嗣によるVシリーズの第二弾。
あらすじ
小鳥遊練無がアルバイトをしているペンションに訪れた阿漕荘の面々は、ペンションの主人の親戚筋である私設博物館「人形の館」にてまたも事件に巻き込まれる。
常設されたステージにて「乙女文楽」を実演していた際、衆人環視の中、人形役の岩崎麻里亜が毒を盛られ、それを操っていた岩崎雅代が刺殺されたのだ。
岩崎一族は、2年前にも悪魔崇拝者であった麻里亜の夫が殺害されるという事件が発生。
「神の白い手」によって殺されたという証言もあったという。
瀬在丸紅子は、休暇中に偶然訪れていたという元夫の林や、その愛人である祖父江七夏の存在に心を乱されつつも、事件の核心に迫ろうとする。
概要/感想(ネタバレなし)
第二段になって、アクが更に強まったのではなかろうか。
阿漕荘のメンバーに、林や七夏も加えて、個性的な登場人物の人間ドラマを持ち込んでおり、あえてミステリーの外側の部分も掘り下げようとしている印象。
こうしてみると、S&Mシリーズの犀川と萌絵は、癖こそ強いが行動原理はある種のわかりやすさがあったのだな、と思ってしまう。
Vシリーズの面々は、まだまだ予測不能で、行動や言動に対してのルールメイクを発見するに至っていないのだが、概して、本格推理小説の登場人物はプログラムのように規則正しく動きすぎる傾向があるだけに、群像劇としてはこちらのほうがリアルなのかもしれない。
本作は、独特の思想を持つ一家と、衆人環視の中での殺人という、前作同様に古典的なお約束に則ったテーマ。
悪魔崇拝については詳細には語られず、因習めいた村社会とまで極端化はされていないが、クローズドサークルではないにも関わらず、登場人物がかなり限定されており、あえて可能性を絞っているようにも見える。
その結果、犯人当てという点での難易度は易しめになっていて、ある種の成功体験を味わえるかもしれない。
ただし、それが隠れ蓑になって、全体の構造を見抜くのはかえって難しい。
犯人がわかっても解消しない謎がいくつかあり、そのうちのいくつかは、犯人がわかっていたほうが混乱する可能性すらあるのだもの。
一応、紅子は科学者らしいが、今のところ、理系ミステリーとなっていく匂いはしてこない。
とはいえ、幻想小説にも通じるポエムや、はっとさせられる哲学的なやりとりに森博嗣節は感じられるだろう。
なお、本作の前に、必ず第一弾「黒猫の三角」は読んでおくべき。
じゃないと、このギミックに対して、正当に驚けないと思うから。
総評(ネタバレ注意)
手記という体裁をとっていることもあるのだろうが、本格ミステリーとしては、随分と贅肉が多い作品となるのだろう。
林を巡る紅子と七夏との関係性やそれにまつわる発言などは、これ抜きで本作を語ることが難しいほどのインパクトを残しているし、モナリザの正体についても、ずっと燻っているわりに、殺人事件とは上手く絡んでこない。
誰が犯人か、どうやって殺したか、についても、実のところ、犯行現場の状況だけで片付くレベルなのに、気付いている紅子や保呂草が、あえて沈黙をしたために、謎が引っ張られた形だ。
寄り道が増えれば、事件に直結しないヒントも多くなり、"伏線や謎が張られっぱなし"という誤解を生んでしまうのがもったいない。
もっとも、おそらくトリックの意外性ばかりで驚かせようとしていないのが、この著者である。
犯人はその人だとして、盗まれた絵はどこに結びつくのか、悪魔の白い手とは何だったのか、紅子を襲ったのは誰か……
中には、犯人では無理と解釈せざるを得ないものもあって、終盤になって怒涛の種明かしが展開されていくという構成。
本当に、最後の1行まで気が抜けなかった。
晴れて、保呂草潤平はフル参加。
物語の書き手であることを明かしたうえでスタートする第二段だが、これはもうズルいでしょ。
単体でも成立している叙述トリックではあるのだが、第一弾でも使ったトリックを、またも(名義上は)同じ人物でやってしまう、ということで驚きが倍増。
素直に、保呂草はワトスン役なのかと思っていたが、怪盗の設定も加えてしまうなんて、キャラクターを盛りすぎである。
語り手、および探偵側の主要人物にグレーゾーンの人物を配置したことが、今後、シリーズに与える影響はいかほどか。
続きが気になる一手であった。