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とある家族の転勤の話。
彼の転勤が決まった。
一緒に暮らし始めて2ヶ月。これから二人暮らしの楽しさをもっと見つけていくのだ、とワクワクしていた矢先の話である。
引越しは1ヶ月後。
彼を追ってついてゆくにしても、急すぎてすぐには難しい話だ。
彼の新たな門出を祝う気持ちはもちろんあったが、急展開で訪れたしばしの別れに、心が寂しいと泣き叫ぶ。
数日後、正式に彼の引越し日が決まった。
私はもちろん、2ヶ月ぶりの一人暮らしを再開することとなった。
引越し準備を進めるある日の夜。
彼が信憑な面持ちで私に「一つだけ、約束して欲しいことがある」と話しかけてきた。
なんだなんだ。浮気の心配か?
それとも夜遊びや外食の上限設定か?
と、少し身構えたところ。
「仕事は定時で終えて、ちゃんとおうちに帰ってゆっくりして欲しい。」
実はここしばらく、私の仕事はバタバタが続き、精神的にも追い込まれ、彼にも心配をかける日々が続いていた。
彼からのたった一つの約束。
世界で一番優しい約束だ、と思った。
「うん、わかった。」と洗面台を掃除しながら素っ気なく返事をした私の目には、表面張力の限界ぎりぎりの膜が、今にも決壊しそうになっていた。
そんな約束を残し、彼は旅立っていった。
一人になった部屋でぼうっとしていると、ふと壁に夕陽が差していることに気がついた。
窓から差し込む陽の光が、白い壁にオレンジ色の温かな絵を描き出していた。
レースカーテンの透き通るような影もまた美しい。
彼がいると、壁を眺めることなどほとんどなかった。
これも彼が置いていってくれたのかもしれないな、と思った。
その日の私は、夕陽が沈み部屋が暗くなるまで、白い壁を眺め続けた。