映画の話はこんなふうに:井上荒野・江國香織『あの映画みた?』
先日、米アカデミー賞が発表され、ポン・ジュノの『パラサイト 半地下の家族』が作品賞をはじめ4部門を受賞した。『パラサイト』はなんだかんだとまだ観てないくせに、ポン・ジュノのスピーチをテレビで見ながら、一緒になって感極まってしまった。『ジョーカー』だって観てないし『ジュディ 虹の彼方に』だって日本公開はこれからなのに、ホアキン・フェニックスにもレネー・ゼルヴィガーにもぐっときてしまった。ここまできたらもうただの感動屋かもしれない。
初めて映画が好きだと自覚したのはいつだっただろう。なんとなく記憶に残っているのはたぶん中学生くらい。その頃はハリウッドなんてピンとこなくかったけれど、というか日曜洋画劇場とかで触れすぎていて、それよりもカンヌとかベネチアとかの方が魅力的に見えた。あとはテレビでやっている日本アカデミー賞も好きで「こんなキラキラした世界があるのか」と畳の上で膝を抱えながら目を輝かせて見ていた、気がする。今でこそ日本アカデミー賞にも思うところが多少あるものの田舎の十代が感化されるのには十分だ。
「大人になったら自由に生きよう」とかすかな野望を抱えていた当時の私にとって、映画は数少ない拠り所でもあった。少ないお小遣いを握ってレンタルショップに行き、ずっと棚を眺めてから、結局借りたり借りなかったりした。何にそこまで魅了されているのか分からないけれど、とにかく、とにかく映画を貪って心の隙間を埋めていた。
好きな俳優がなにかのインタビューで答えていた「好きな映画監督」を必死で暗記したり(たしか岩井俊二だったと思う)、お正月にお年玉がもらえると電車に乗って映画館にも行った。『スパイダーマン』を観て友だちと手首から糸を出す練習をしたりもしたし、『メン・イン・ブラック』を観てからは今でもひそかに「あの有名人は実は宇宙人かもしれない」などと妄想したりしている。
映画は芸術、という考え方もあるしそれと戦うつもりもないが、同時に娯楽でもある。誰かと映画の話をするのなら、好きな映画の好きなシーンの話だけではなはなく、なぜそのシーンに心が動くのか、こんなキャラクターはありえない、好きだ嫌いだなんて個人的なことも織り交ぜて脱線しながらたくさんの話をしたい。最近はネタバレするかどうかに重点が置かれがちだけど、結末や犯人を知っていたとしても、おもしろい映画はいつだっておもしろいのだ。『オリエント急行殺人事件』だって何度観たっておもしろい(私はシドニー・ルメットが監督した方が好き)。
忙しくてめったに映画館には行けなくなってしまったけれど、映画の話はいつだって楽しい。この本みたいに、気心の知れた人と映画の話がこんなにたくさんできたら、どんなに楽しいだろう。
ちなみにこの本に出てきたところでいうと『ディナーラッシュ』、『わたしはロランス』、『ストレイト・ストーリー』が、私は大好きだ。