なぜ競い合う・・
「何百億も稼いどる人がおるやん」
『牛丼いくつ買えるんだろうか』
「そんなん稼いだかて使い切れへん」
『もう宗教だよ。ある種の信仰さ』
「成功者は神様に愛されとるとか?」
『最期は寄付しちゃう人もいてね』
「え。そうなんか。天国へ行くため?」
『死後の世界じゃ使えないもんな』
「あって不思議ないけど。死後の世界」
『オレはないと言い切る根拠がわからん』
「科学的に証明でけへんからやない?」
『いやいや~科学こそ宗教でしょ!』
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こんにちは!
フジミドリです☆
─こちら西遊記はフジミドリの別アカウントとして創作裏話をお伝えしています─
さて今回の【癒や詩絵物語】は【競争社会】について物語と詩を編んで、いつものように朔川揺さんの柴絵で締めました。
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「今回も詩と物語は面白く読めたんよ。せやけど、競争社会がテーマやった言われると、ちょっとばかり違和感あるいうか」
『ああそうかもねぇ。実はオレも書いていてなんかブレてんなと思ってさ。筋立ても二転三転して変えたりとか』
「なるほど。それって、地球の競争社会そのものが複雑に絡み合っとるからやないの?」
『あはは~うーん、そういうことか。描こうと思った対象そのものがブレてんだ!』
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つくづくしみじみ思います。
正しく書こうとする。常に正解を探しているのです。論理的で整合性あるように──
進学塾の講師という仕事柄、日常の暮らしで身についた既成概念かもしれません。
せめて創作者として楽しむ時間くらい、自由で伸びやかにありたいものですが。
そもそも私の眼前に顕われた世界が秩序正しく整っていません。理不尽なことばかり。
私自身が、振り回されて自分を見失う瞬間も多くあるように感じておりました。
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「本編の会話で、真の自立ができてへんいう件があったやろ。なかなか難しい思うわ」
『だよね~自分の核というか、絶対に信頼できる何かを持たないとムリじゃない?』
「自立できてへんから、潰し合ったり凭れ合ったりする。あるな、そういうとこ」
『自分の背後に頼ればいいよって教えたら、子供でも今すぐ自立できると思うのさ』
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私は道術家です。どんなものでも自分以外を頼らない──道術の基本です。
自分といっても既成概念が詰まった頭脳の自分ではありません。中真の仙骨を通して守護の神霊と繋がる霊魂の〈自分〉なのです。
その〈自分〉が脳の自分を管理する。謂わば主人と家来の間柄とでも言いますか。
現代は、本来なら主人の指令通り忠実に働くべき家来が主導権を握るから混乱した状況だ──道術ではそのように捉えます。
真に自立しているなら、競って奪い合う必要などありません。お互い自立した自由な霊魂として調和できるはずなのです。
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『イラストありがとね~癒されたよ』
「ほな、よかったわ。嬉しいことやで」
『ワンちゃんがリードしてくれる感じでさ』
「お尻見ながらいうコメント笑たわ」
『朝焼けの光の中にってなんなの』
「ふと浮かんだんや。知らんやろな」
『アニソンの歌詞だったりして?』
「うーん。惜しいなぁ。特撮物や」
『あ。思い出したよ。オレ中学生だ』
「わたしは子育て中で再放送やったか」
『面白いところに繋がったんだね』
「それがまた創作の不思議なとこや」
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お読み頂きありがとうございます!
次回フジミドリは10月27日です。こちら西遊記が木曜日の公開となります。
是非いらして下さい。