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神へ捧げるソネット

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仏文学に憧れた昭和の文学青年の詩です。 詩を書くこととは宇宙との対峙であること。 直向きに言葉を紡いだ渾身の詩群です。
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神へ捧げるソネット 抄 #12

神へ捧げるソネット 抄 #12

佐佐木 政治

詩は単に 言葉の組合せであるというよりも
より断絶の空間に 身を焼きつくす炎であった
詩はひとを 希望に誘うというよりも
より孤独をかけのぼる 破滅の深渕であった

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神へ捧げるソネット 抄 #13

神へ捧げるソネット 抄 #13

佐佐木 政治       1989年9月 かおす 63 より

究極の過去で 一冊となる書物は すでに永遠の未来の舌のさきを染めている
まず言語の林の奥から ぼくらはほとんど手ぶらで抜け出てきた
文法はおそらくもっとも 繁茂した森であったろう 蒼穹の炎のように
むしろ虚無の芝生であったろう すがすがしさでいっぱいの

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神へ捧げるソネット 抄 #14

神へ捧げるソネット 抄 #14

佐佐木政治

朝霧の荒野でびしょ濡れになっている 一輪の白百合
そのたおやかな 一本の塔を生むために
あなたの掌は 岩のようにざらざらしている
臨界角をついばむ塔は やがて時間のフィルムの中に朽ちてゆく

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神へ捧げるソネット 抄 #15

神へ捧げるソネット 抄 #15

佐佐木 政治     1989年9月 かおす 63 より 

神よ あなたの高みだけが紫に暮れなずむ眩暉となる
吊るされるものとしての あの荒蓼たる羽ばたき
あなたの高みからだけくる ひかりのシャワー
あなたの高みの中でだけ 燃えている孤独の血の河

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神へ捧げるソネット 抄 #16

神へ捧げるソネット 抄 #16

佐佐木 政治            1989年9月 かおす 63 より

あなたが決して
あの高みにだけいるとは限らない
ひょっとして今宵ぼくの掌の上にある
このオレンジの栄光かもしれない

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神へ捧げるソネット 抄2 #17

神へ捧げるソネット 抄2 #17

佐佐木 政治  1990年3月 かおす64 より

神よ あなたの言葉が いたるところで国境を浮かべる
かけひきでゆれ動く あの小さな渦
しかも哀しみさえにじませながらそれは S字形にたわむ
そこではたえずなぎさが用意され 実存がしぶきとなって舞いあがる

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神へ捧げるソネット 抄2 #21

神へ捧げるソネット 抄2 #21

佐佐木 政治    1990年3月 かおす 64より

詩集が ぼろぼろになった
ふやけて 量が倍になった
はては外壁がはずされ 扉も けし飛んだ
なかの星たちが 流れ出した

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神へ捧げるソネット 抄2 #22

神へ捧げるソネット 抄2 #22

佐佐木 政治      1990年3月 かおす64 より

神よ あなたの掌の上で リスはついぞ怪我をしない
あのふくざつな時間の小枝にそって わき目もふらない
日だまりのなかでは 果実を手にしたリスの 全時間が燃える
リスは幸福に疎外された 過去も未来ももたない

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神へ捧げるソネット 抄2 #23

神へ捧げるソネット 抄2 #23

佐佐木 政治   1990年3月 かおす 64 より

夜明けの天がいもそこそこ 貧しいわが家にやってきた小娘 セットランド種のナーナよ
そのふさふさした毛なみと共に 犬という名のしきたりを背負ってはいるが
おまえはいづれ名のあるものの 化身であるらしい
初対面の向こうに置いてきた出生の秘密だけが 一片の血統書以上の価値をもつ

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神へ捧げるソネット 抄2 #24

神へ捧げるソネット 抄2 #24

佐佐木 政治     1990年3月 かおす 64より

この永遠の庭内でも あなたの全イメージが
一本の樹に かけ昇ることはないだろう
ひとつであれと願われながら 無限の数で割られているあなたは
むりやり辺境の森の くちかけた小さな祠に垂迹するばかりだ

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神へ捧げるソネット 抄3 #25

神へ捧げるソネット 抄3 #25

佐佐木 政治      1990年12月 かおす 65より

神よ あなたはぼくらの 誰にも話しかけたりはしない
誰もが 夙に あなたを識っている というのに
あなたは 誰の頭上にも 無差別な 乾いた時間の雨を降らせる
誰の手や脚もが 誰とも語らない あなたの時間の雨で濡れそぼつ

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神へ捧げるソネット 抄3 #26

神へ捧げるソネット 抄3 #26

佐佐木 政治     1990年12月 かおす 65より

あなたが繁茂させる 言葉の叢林よ
線と色彩 そして匂いから立ち昇る言葉の音楽よ
枝と枝のからみ合い 葉と葉がすべての世界を 埋めている
しかもあなたは 煙る総体の中で みごとに個を 描き切ってもいるのだ

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神へ捧げるソネット 抄3 #27

神へ捧げるソネット 抄3 #27

佐佐木 政治     1990年12月 かおす 65より

あなたの掌がふれるところで 日常性の繭は砕かれてしまう
あなたの領土のふちがふれるところで ぼくらの言葉がふっ騰する
あなたの湾が そのまま ぼくらの岬を突出させ
あなたとの国境がそのまま 忘れかけていたぼくらの主題に火をかける

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神へ捧げるソネット 抄3 #29

神へ捧げるソネット 抄3 #29

佐佐木 政治    1990年12月 かおす65 より

女郎花という花を あなたは秋の図柄として着る
とりわけ華美な花ではないが 季節の終章を飾るにはふさわしいのだ
ヒスイ深まる空に 幾筋かの小柄に支えられて
あの黄いろいつぶつぶの小棚がひたる 秋の荒野よ

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