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神へ捧げるソネット

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仏文学に憧れた昭和の文学青年の詩です。 詩を書くこととは宇宙との対峙であること。 直向きに言葉を紡いだ渾身の詩群です。
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2020年9月の記事一覧

昭和の文学青年。南信州に生きて仏文学を愛した亡き父が、麻痺の残る手で編んだ最後の詩群を読んで欲しい!

昭和の文学青年。南信州に生きて仏文学を愛した亡き父が、麻痺の残る手で編んだ最後の詩群を読んで欲しい!

七〇歳で亡くなった父は晩年、脳梗塞から認識障害を患い、一時は娘の私の顔も分からないほどでした。目の前の物体が何かは分かっても、言葉が上手く出てこない、左手の麻痺が残る。そんな中で自分の最後の詩集を編もうと、それまでの作品や手紙、資料を拾い集め、切り貼りして本当に手作りの詩集を作りました。

父は高校を卒業後、仏文学を学びたいと大学進学を希望したものの、長男の責務から東京への進学を断念。地元の印刷屋

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ミュトスの雨<神へ捧げるソネット>#1

ミュトスの雨<神へ捧げるソネット>#1

                          佐佐木 政治

「穀物を手に眠る幼子のミイラ」と その書物には書かれていた
縁あってわたしは その写真に二度まみえることとなった
いまは新疆ウィグル地区の 文物考古研究所に納まっているこのミイラは
古代都市桜蘭の廃墟から 掘り出されたと聞く

桜蘭故城のメインマストも スパシ故城のそれも ニヤのストゥーパも
あなたの砂嵐が呼び起こす時間の縞に洗わ

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ミュトスの雨<神へ捧げるソネット>#2

ミュトスの雨<神へ捧げるソネット>#2

                     佐佐木 政治

確かなものは この世に何もありはしない
永劫の繋留に値すべき たった一本の枝すらもみあたりはしない
すべて藻屑となって その面輪から崩れ去らないものはない
ふたたびまみえんとして 呼びとめるすべもないふるさとよ

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ミュトスの雨<神へ捧げるソネット>#3

ミュトスの雨<神へ捧げるソネット>#3

佐佐木政治

神よ この皮膚の上から ぼくらの世界は別れてゆく
マクロとミクロの異郷へと 限りない思考が枝垂れてゆく
この国境を洗う二つのジェンダの 極めて華麗なる波打際
そこでこそ潮騒の鐘が鳴り渡り ぼくらの堵が成就するのだ

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ミュトスの雨<神へ捧げるソネット>#4

ミュトスの雨<神へ捧げるソネット>#4

佐佐木 政治

神よ あなたの言葉に 固有名詞がない
樹木や草花に それがないと同じように
ただ 高密度な霧の中に灯る
二つのジェンダの吉祥が 匂うばかりだ

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ミュトスの雨<神へ捧げるソネット>#5

ミュトスの雨<神へ捧げるソネット>#5

佐佐木 政治

神よ 同時に二つの場所で ぼくらの存在は成立しない
無数の空席はあるけれど 同じ時間の中でだれもがひとりぼっちだ
そしていつもたったひとつの場所で ぼくらはかけがえのないものと交わる
孤独が至高の高みに押し上げられ すべての煩悩を焼き払うように

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ミュトスの雨<神へ捧げるソネット>#6

佐佐木 政治

世界中がことごとくしぐれている すでに思い残す砦もないほど
あなたの峰々から降りてくる霧が すべての距離を埋め尽くし
ひらきかける灰色の傘の中へと ぼくらを引き寄せる
あなたの灰色に煙る傘の中では ぼくらの腕時計の針が かすかに光るばかりだ

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