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孤独の勇者:第5章 月夜の誓い

第5章:月夜の誓い

ウサギとの溝は埋まることはなかったが、ルークは自分のやるべきことに目を向けていた。「僕は強い、だからこそ優しく」父さんの言葉を胸に刻み、ルークは森の中へと走る。ここからサガのところまではかなり距離がある、奴らがどこに潜んでいるかも分からない状況だった。ルークはこの森が一番よく見える丘の上を目指した。そこは、ルークがまだ泣き方も分からなかった時のあの丘だ。

この丘は高くて森がよく見える、月が手に届きそうなくらい高い丘についた時には、森の異様さが目に飛び込んできた。アリも居ないのかと思うほど静かで、月明かりが青白く不気味に森を照らしている。狩人と奴らの異様な匂いが鼻を刺激してくる。森全体に緊張が走る中、空ではフクロウの親衛隊が旋回し様子を伺っている、その中にサガもいた。その姿を見て先ほどまでの不安が少し和らいだがそれと同時に、仲間を守る使命を強く感じた。動物たちは狩人の動きに怯え、ピリピリとした緊張感が漂っている。ルークはこれから自分はどうすればいいのか考える。

ルークが森に目をやると、大半の動物たちは森の奥に逃げ込んでいる姿が見えた。鹿の群れがまさに奥を目指し、右に左に跳ねながら走っている。反対側では、キツネの群れがフクロウの親衛隊に守られながら逃げているのが見える。ルークはほっとした、ほとんどの動物が逃げ切れそうだからだ。凛とした姿で佇むルークは勇ましく、頼もしさも感じる。サガがルークに気づいて静かにそばに降りた。「だいたいの動物たちは逃げ切れたが、キツネのアリアンがどこにもいねえんだ」 

***

ルークは心が痛む。アリアンといえばまだルークが森の中で生活をしている時、執拗に虐められたことを思い出したからだった。みんながいるところへ呼び出され、わざと大きな声で罵られたり、酷い時には崖から事故を装って突き落とされたこともあった。落ちていく瞬間に見たアリアンのにたりと笑った顔は今でも忘れられない。それでも、遊ぼうよと声をかけてくれるアリアンに何度心躍ったことか。だが最後にはいつも「卑怯者の狼くんは、誰を食べるんだ」と追い回され、期待が全て覆される屈辱を忘れられないでいた。アリアンは逃げるルークをいつまでもからかい続けてきた、その記憶は夢に見るほどだった。

だがルークは知っている、アリアンは出来のいい妹といつも比べられ叱られ、家では居場所がなかったことを。いつだって体を泥んこで汚しては、家族とケンカして夜、森をうろついていたことも、本当は孤独で寂しくて、湖で泣いていたことも全部全部知っている。何度裏切られ罵声を浴びせられても、それでもアリアンの友達になりたいと願っていた。だがその思いは言葉のナイフによって切り刻まれその願いが届くことはなかった。心が壊れてしまったルークは森と距離を置くため森のはずれに住み、そこから出ることはなくなっていった。時折アリアンのことを思い出すと、心臓が痛み体の震えが止まらなくなって、それはルークをどこまでも苦しめ続けていた。
 
森の内情に興味のないサガは、アリアンの心配をしていた。サガの気持ちと、自分の気持ちに差があることにルークの心はまたパンク寸前だった。何が正解で、何が正しいのか、自分の心を整理し、答えを出すには時間が足らないと感じた。
バン。
また冷たい音が静かな森の中鳴り響く。狩人たちは、無言で森を徘徊し、冷酷な目で動物たちを狙っている。その手には光る刃物や、銃が握られ、彼らの足音すらも静かに、しかし確実に迫ってくる。その姿は、森の生き物たちにとって終わりなき悪夢のようだ。奴らも狩人とともに行動しているが、彼らの姿はルークの目には映らなかった。だが、その気配は恐ろしく、獰猛なオーラを放っている。動物たちはその存在に怯え、逃げ惑うことすらできないほどの恐怖に支配されている。冷たい音が響いてから不思議と風に揺れる木々の音さえ消えていた。

異様な静けさにアリアンに何かあったのかという考えが嫌でも頭をよぎる。でも僕は・・・。ルークの中で葛藤が渦巻き、犇めく。その時、空から声が聞こえてきた。「ルーク!生きてるか」鷲のウィンだ。ルークは正気に戻り、ウィンに静かに声をかける。その鋭い眼光にサガもウィンも息をのんだ。
「ウィン、森は今最悪な状況だ。狩人が獲物を狙っている。得体のしれない奴らと一緒に行動していてむやみに動けない。だが、キツネのアリアンの居場所が掴めていないんだ。」
しっかりと、どっしりとしたルークの毅然とした態度にウィンは鳥肌が立つ、ルークの父ヴァランを彷彿させる姿が重なった。ウィンはルークに希望を託す。
「ルーク、よく聞きな。狼は遠吠えをするんだ。それは、仲間への忠告と狩りの合図だ」その言葉を聞いたルークは、心の奥底から湧き出る本能を感じた。ルークの瞳に光が宿る、青白い月あかりがルークの美しい毛並みを引き立て、大人となった狼の威厳を放つようだった。ルークは丘の上に向き直り、月を眺めゆっくり目を閉じた。少し冷たくて気持ちのいい風が東から吹いている。ルークの毛が波立つように揺れた。ゆっくりと深呼吸をし、呼吸を整える。光を宿した狼のルークが森の中心を見抜く。

「アウォォォォォォォォォォォォォォォン」

どこまで響き、息絶えることなく続く遠吠えはとても美しく、そして恐ろしくもあった。世界を我がものとする貫録を感じさせ、狩人たちへ十分な警告となった。森を超え他の山々まで響き渡る遠吠えは、狩りの合図だ。
泣き方も分からなかった狼が大人になった。


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