映画感想文「敵」77歳大学教授の老いを演じる長塚京三が素晴らしい。コミカルで時に切ない
息を詰めて最後まで見守った。
不思議な物語だった。それでいて、やけにリアルだった。
最初から最後までモノクロで綴られる、渡辺儀助77歳(長塚京三)、大学教授の日常。随分前に仕事はリタイアし、妻を早くに亡くし、子供もいない。親から引き継いだ都内の戸建てにひとり住まう。
美味しそうな食事を自ら用意し、時に友人と飲みに行き、たまに昔の教え子から執筆を依頼される。
なんと優雅な生活なのかと思う。
それでもそこには孤独と老いが着実に忍び寄る。
早くに亡くした妻(黒沢あすか)から不実を詰られたり、ほのかに恋心を抱いていた教え子(瀧内久美)からセクハラだったと過去の思い出を非難されたりする。彼にとって良き解釈をしていた事柄を違う視点で示される。
どこからが事実の回想なのか、本人の創作なのか、境界線は曖昧だ。
いや、そもそも事実なんて一つではないのだ。いままでの解釈も新たな解釈もどちらもありなのだ。どちらが正しいかなんて誰にもわからない。
自分に自信があり活力がある若い時には何事も前向きに捉えることができる。だから無意識に自分にいいように解釈していた。それが人生の終わりを前に自信をなくし、すべてが曖昧になり、揺らいでいく。
これ以上の適役はいないだろうと断言できるくらい、長塚京三がこの役にはまっている。
プライドの高いフランス文学の研究者、知的でかっこよくて、おそらく教え子からも憧れられていた。そんな男が老いては、情けない振る舞いをしたり若い頃には考えられない愚かな失態を犯す。
そんな様を、時にコミカルに、時に切なく演じる。老いていくとはこういうことだということが大変リアルに感じられる。
長塚京三といえば、長く続いているテレビコマーシャルで有名だ。JR東海の「そうだ、京都に行こう」や、サントリーの「恋は、遠い日の花火ではない」である。
特にサントリーのコマーシャルでコミカルにぴょんと飛び跳ねる、上司役の彼が記憶に新しい(といっても、調べたら1994年のコマーシャルらしい、30年以上前である)。
かっこよくて、でもコミカルで、ちょっと可愛い。そんな中年男性を演じた彼に、この役はぴったりである。その持ち味を余すことなく活かしている。
周りを取り巻く演者も充実している。バーで出会う大学生に河合優実、友人に松尾貴史、甥に中島歩。
原作は筒井康隆の同名小説。本作は昨年の東京国際映画祭で、東京グランプリ、東京都知事賞、最優秀監督賞(吉田大八監督)、最優秀男優賞(長塚京三)の四冠を受賞。
いやー、そうでしょうよ、という出来栄えだ。
タイトルにある「敵」とは何か、観た後にそんな話をするのが盛り上がりそうな余白ある、力作である。
個人的好みで言うと、「PERFECT DAYS」より、こちらの方が人間臭くてリアルで、好きだ。