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純喫茶リリー

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純喫茶リリーへようこそ。 ハートフルとは程遠い、ちょっぴりビターでダークなひねくれ律子のエッセイ。 懐かしいけどひとクセある日常を、毎話読み切りスタイルでお届けします。
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#小説

きょうだいが欲しすぎたひとりっ子の暴走 /純喫茶リリー#47

きょうだいがほしくてほしくてたまらない律子。 ついに妄想の中できょうだいを手に入れた。 妄想兄弟その1は、三兄弟。 律子は次男設定。兄と弟を一気にゲットだぜ。 もちろん、名前もつけた。 脳内三兄弟で妄想サッカーや野球。 パスを出して、受け取って、シュートを決める。 ボールを蹴るのも、キャッチするのも、律子ひとり。 さすがにこの歳でも、これは見られると恥ずかしいことは悟っていた。 学校から帰ると、窓の鍵をかけ、カーテンも全部閉めて。 誰にも見られないようにして、一人三役の

5時から部外者 / 純喫茶リリー#46

ゆりこちゃんが転校してしまってから、律子はまた一人だった。 でも、授業中は「俺のターン!」状態。 勉強ができることを見せつけたくて、やたらと手を挙げた。 自信があった。近くの席の子たちともよく喋るし、笑いも取れる。 クラスでのキャラは「明るい目立つ子」のつもりの律子だった。 でも、放課後になると急に ぼっちになる。 みんなは、幼稚園からの友達や近所の子たちと、当たり前みたいにグループで帰る。 律子には、その"当たり前"がなかった。 律子は他の子から「友達がいない」と思

キラキラのガンプラにドキドキ/ 純喫茶リリー#44

律子は、男の子になりたかった。 保育園の頃、先生にそう言ったら、 「大きくなったら、お医者さんにアレつけてもらえば男の子になれるよ」 なんて、簡単に答えられた。 律子はその言葉を信じていた。 大きくなれば、きっとそうなれると思っていたのだ。 毎週、少年漫画をリリーで読みふけっていた影響か、 野球やサッカー、ボクシング―― 男の子がやるスポーツがどうしてもやりたかった。 ラジコンや機械いじりも憧れの的で、家で一人の時には、勝手に時計を分解して遊んでいたりした。 だけど、小

Let's 火柱リモートクッキング/ 純喫茶リリー#43

律子の土曜日は、半日授業で終わる学校から帰ると、ちょうどテレビでは吉本新喜劇が始まる時間だった。 律子は台所に向かい、いつもの戸棚を開けて、家に常備されている菓子パンを引っ張り出す。 それを片手にテレビの前に座り、新喜劇を見ながら食べるのが毎週のルーティンだった。 でも、その日は違った。 なぜか『甘いのは飽きた、しょっぱいものが食べたい』という気分が急に押し寄せてきた。 「目玉焼きだったら、作れるかもしれない」 そう思いついた。 リリーのカウンター越しに、ママが料理し

コーヒーと噂話とちょっとシンナー / 純喫茶リリー#42

純喫茶リリーの午後は、いつものように噂話で回っていた。 パチンコ帰りの野田のおばちゃんが「今日は儲かった!」と嬉しそうに笑えば、山田のオババが「りっちゃん、団子買うてきたでぇ」と1日に3回も顔を出す。萩原のジジは、「タモリはまだサングラスかけてテレビにでとる」と誰に言うでもなく文句をつぶやく。 みんな自分の言いたいことを言って、ぜんぜん噛み合ってないのに、笑いあってる。 その空気はほっこりしているのか、殺伐としているのか、よくわからない。 だが、この店には、それを楽しむ面

サボってばかりの学童をやめた / 純喫茶リリー#41

ある土曜日、律子はまた学童をサボって、家で吉本新喜劇を見ながらお昼ご飯の菓子パンをかじっていた。 すると突然、玄関のチャイムが鳴った。 ピンポン!ピンポン!ピンポン! 覗き穴をのぞくと、学童の先生と子どもたちが立っている。 律子はサボってることを「怒られる!」と思い、慌ててテレビを消し、部屋の隅にしゃがみ込んで息を潜めた。 ピンポン攻撃が続いた後、今度はドアをドンドン叩く音。 怯えながら耐え忍んでいると、やがて静かになった。 そっと玄関に様子を伺うと、諦めて帰っていっ

奪われた絵 /純喫茶リリー#40

律子は絵を描くのがちょっと得意だった。 学校の図工で描いた絵が張り出されることもあって、「私って上手いかも」と密かに思っていた。 そんなある日、近所の公園で写生大会が開かれると聞きつけた。 「入賞すると立派な絵の具セットがもらえるらしい!」 学校で使っているより色が多い。 その絵の具セットを、律子はどうしてもどうしても手に入れたいと思った。 これがあれば、クラスのみんなが羨ましがるはずだ。 自慢したい!みんなに羨ましがられたい! 律子が物を欲しがるときは、いつもそん

純喫茶リリーのお正月 /純喫茶リリー#39

大晦日、リリーは早めに閉めて大掃除をする。 律子ももちろんお手伝いをさせられる。 カウンターのテーブルも赤いブラインドも、油でギトギトになっている。そこに、強力な業務用洗剤をスプレーして綺麗に磨くのだ。 店の前を通るオババたちが 「りっちゃん、お手伝いしてるのか、えらいなぁ」 と誉めてくれるのが誇らしくて、ますます張り切ってお手伝いをした。 次の日、律子の顔は見事に真っ赤に腫れ上がっていた。 目の周りは特にひどく、かゆくてたまらない。 どうやら洗剤が顔に飛び散り、肌が弱い

あの日、うちにもサンタが来てたかもしれない /純喫茶リリー#38

律子の家では、クリスマスだからといって特別なことはほとんどなかった。ただ夜ご飯のおかずが唐揚げになるくらいだ。 誕生日もクリスマスも唐揚げだ。でも、誕生日にはケーキもあった。 もちろん、サンタクロースなんて家に来たことはない。 保育園でサンタの存在を知っていたけど、引っ越した先の家は、古びた平屋で煙突なんてあるわけがない。 「うちにはサンタは来ないんだな」と子ども心に薄々分かっていた。 それでも、「リリー」の常連の山田のババが、毎年くれるクリスマスのお菓子ブーツが、律子に

パッと光って咲いて、すぐに散った日曜日/純喫茶リリー#32

「律子も!律子も欲しい!」 と、お客さんが注文するたびに、便乗してサンドイッチやピラフを食べまくる律子。 お父さんがたまに帰ってきた日曜日ですら、リリーで過ごすようになった娘を見て、見かねたママが、言った。 「スイミング習う?」 どうやらリリーのすぐ近所にスイミングクラブができたらしい。 「日曜はそこに通ったら?」 というママの言葉に、律子は目を輝かせて即答した。 「行く行く!」 律子にとって初めての習い事だった。 毎週日曜日は、リリーで過ごす間にスイミングクラブへ

消えた公園。オセロは真っ白、心は真っ黒。/純喫茶リリー#31

ローラースケート事件を境に、父と過ごす日曜日から公園が消えた。 その代わりにやってきたのは説教タイムだった。 父と家で過ごす日曜日は、律子に国語の教科書を音読させたり、難しい問題を出して試す時間が増えた。 父に促されて律子が音読を始めると、途中で何度も止められる。 「この漢字、読めるのか?」 まだ習っていない漢字でつまずいた律子。 父はため息をついて「こんなのも読めないのか」と呆れた。 聞かれた漢字を読めたら読めたで、「じゃあ意味は?」と追い討ちをかける。 律子が答え

小さな逃げ道、爪を噛む癖 /純喫茶リリー#28

気がつけば、律子にはいつの間にか「爪を噛む癖」がついていた。 そのきっかけは、けやき保育園の最後の日、先生がみんなの前で「今日が最後だよ」と話してくれたあの時だ。 みんなが律子をみていた。先生の話を聞いてる時、自分のことを言われているのだけど、褒められている感じではなく、ただ注目されている。 その妙な焦燥感と居心地の悪さに、律子はいつの間にか右手の親指の皮を引っかいていた。 顔は先生の方を向いているけど、意識は親指に集中していた。 気づいた時には皮をむしりすぎて血がにじん

前のめり空回り/純喫茶リリー#27

ゆりこちゃんと出会う前の律子は、楽しそうなクラスメイトの輪から外れて、でも羨ましくて。どこか疎外感を抱いていた。 いつの間にか、そんなクラスメイトに敵対心を抱き、負けん気が強くなっていた。 周りに「すごい!」って言われたくて、授業も張り切って、 目立つことに一生懸命。 やたらと手をあげて、大きな声で先生に話しかけ、ついでに余計な一言まで加える。お調子者の目立ちたがり屋だ。 それもこれも、喫茶リリーで、いつも大人の話に首を突っ込んでいたからだろうか? 授業中でも私語が多く

初めての友達と放課後の自由の味 /純喫茶リリー#26

「清楚」という言葉をほしいままにしているゆりこちゃんが ある日の休み時間に、穏やかな笑顔で律子に話しかけてくれた。 とても可愛くて、長い髪が綺麗で優しい女の子。 律子には天使に見えた。 妬み嫉みでいっぱいの律子。 ふりふりしたスカートを履いている子は「ぶりっこ」だと思って心の中で毛嫌いしていたのに、ゆりこちゃんにはそんな感情は少しも湧かず、好感しか得られなかった。 ぶりっこではなく、生まれながらにしての清楚。 非の打ち所がない清楚な女の子。 ガサツでいつも男の子みたいな格好