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あの日、うちにもサンタが来てたかもしれない /純喫茶リリー#38
律子の家では、クリスマスだからといって特別なことはほとんどなかった。ただ夜ご飯のおかずが唐揚げになるくらいだ。
誕生日もクリスマスも唐揚げだ。でも、誕生日にはケーキもあった。
もちろん、サンタクロースなんて家に来たことはない。
保育園でサンタの存在を知っていたけど、引っ越した先の家は、古びた平屋で煙突なんてあるわけがない。
「うちにはサンタは来ないんだな」と子ども心に薄々分かっていた。
それでも、「リリー」の常連の山田のババが、毎年くれるクリスマスのお菓子ブーツが、律子にとっては唯一の特別だった。
でも、小学1年生のクリスマスイブの夜は違った。
その日は、珍しくお父さんが家にいた。
そして律子は、いつも通り夜8時に布団に入れられた。
いつもなら朝までぐっすり眠るのに、その日は襖が「そーっ」と開く気配で目が覚めた。
開いた襖の向こうには、お父さんとお母さんがいて、何か箱を律子の部屋に置こうとしていた。
思わず律子はガバッと起き上がり、
「なにそれっ!?」
と叫んだ。
この時の律子は、寝ぼけていたので、クリスマスイブだなんて思い出しもしなかった。
ただ、両親が夜中に自分の部屋に現れたことに驚いただけだった。
お父さんが苦笑いしながら、
「今日は特別だから。夜遅いけど起きていいよ。こっちにおいで」
と律子を居間へ呼んだ。
律子の胸はワクワクでいっぱいになった。
お父さんがくれたのは「カセットビジョン」というテレビゲームだった。
テレビに接続して遊ぶ機械だ。
律子は「ギャラクシアン」というソフトが付属しているのを見て目を輝かせた。
さっそくお父さんがテレビに接続して遊び方を教えてくれた。
律子は興奮しながら操作を覚え、ただただ夢中になった。
律子はうれしかった。
まだ誰も持っていないテレビゲームを手に入れたのだ。
冬休み中、このゲームは律子の相棒になった。夢中で遊び倒した。
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後になって気づいた。
あの時、両親はサンタクロースをしたかったのではないだろうか?
律子を喜ばせようとしてくれたのかもしれない。
でも律子は、そんなことはこれっぽっちも考えなかった。
だってうちにはサンタなんて来たことなかったから。
そして、この日を最後に、律子の家に、サンタが来ることは二度となかった。
そういえば、あの時、律子はテレビゲームに驚き、喜んだが、
お父さんに「ありがとう」も伝えていなかった。
親から何かを贈られるなんて、そんなことが律子の頭にはなかったのだ。
そんな律子のカセットビジョン熱も束の間、この出来事の直後にファミコンが発売された。
律子のカセットビジョンは、あっという間にファミコン人気に押されてしまった。
ファミコンのある子の家には人が集まり、カセットビジョンなんてだれも興味を持たず、律子の家には誰も遊びに来なかった。
「どうせならファミコンにしてくれればよかったのに…ソフトだってこれ以外に買ってもらえないし」
と、恨めしく思うようになった。
ただ、小学6年生の頃に、たまたま男子たちが律子の家に遊びに来ることがあった。
彼らは見たことのないカセットビジョンに目を輝かせ、
「なにこれ!すげー!」
と興奮した。
そして、スーパーマリオでは4面でゲームオーバーになる律子が、「ギャラクシアン」に無双する姿を見てさらに感心した。
男子たちの反応を見た瞬間、律子はずっと胸の奥にあったもやもやが少しだけ解けるような気がした。
この夜が、家族としてそれなりに成立していた唯一の時期だったのかもしれない。
この後、お父さんは徐々に家に帰らなくなり、ある日、気づいたらいなくなってしまった。
でもこの夜、カセットビジョンを目の前にして興奮した自分や、いつもより穏やかに見えたお父さんとママの姿は、律子の中にずっと残っている。
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