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些細なことでたくさん笑って、よく眠る。
雨が降る。
分厚い曇が空全体を覆う。
子供達は、学校の再開が延期となった頃。
この雨では、唯一の遊び場である公園にも行くことができない。
それでも、文句は言わない。
仕方ないね、と一度だけ肩を落とす。
欲がない訳ではない。楽しみにしていたもの。
けれど、しばらくすると、部屋の中で、笑い声がする。
高い声で子供達が笑うと、
薄暗かった家の中が、輝くように一回り明るくなる。
どうしたの?と近づいても、
ふふふ、と娘と息子は互いに笑い合って、
教えてはくれない。
娘と息子の二人にしか分からない世界なんだろう。
そういう頃はわたしにもあったわ、なんて、少し拗ねながら、ソファでコーヒーをすすった。
しばらくすると、
息子がニヤニヤしながら近づいてきた。
ソファにはクッションが2つ置いてあって、
私は、そのうちの一つを膝に置いていた。
息子の手の動きから、
「これは、クッションを盗られるな」と気づいた。
あえて息子に盗らせておいて、
隣にあったクッションをまた膝の上におく。
「ふん、なんでもないわよ」と澄まして。
すると息子は、再び私の膝のクッションを盗る。
その隙に、私は先程盗られた、床に転がっているクッションを取り返す。
甘い、攻撃に夢中になりすぎて、守りが甘すぎる。
何回やってもその繰り返し。
息子は私のクッションを盗ろうとし、私は甘くなった守りの隙をついて、先程盗られたクッションをなんなく取り返す。
息子はもうそれが、面白くて仕方ないらしい。
アヒャヒャヒャヒャ、と終始笑いっぱなしだ。
初めはニヤっとくらいしか笑わなかった私も、
なんだかつられて可笑しくなってきた。
息子の懲りない守りの甘さと、
それでも何度も立ち向かってくるけなげな姿と、
可笑しな笑い方に、
笑いが止まらなくなってきた。
私が笑うと、息子もさらに笑う。
そのあとは、瞬きするだけで笑う。声を出しただけで笑う。
私も、何がそんなに面白いんだ~、と突っ込みつつ、笑ってしまう。
久しぶりに、こんなに笑ったから、
横隔膜がひーーっと悲鳴をあげる。
涙腺も壊れたらしく、涙が止まらない。
そろそろ、苦しくなってきて、笑うのをやめたいけれど、簡単には止まらない。
笑うことがこんなに苦しそう、
ということもまた可笑しい。
なんてこった、止まらないぞ。
落ち着いて、笑いと笑いの途中で、
徐々に呼吸を深くする。ふぅ。ふぅ。
息子は最後まで、
楽しそうに、私と一緒に笑い続けてくれた。
一緒に笑うと、
沈んでいた空気は、外に出て行って、
もう一段階、部屋が明るくなった気がした。
その日の夜は、びっくりするほどよく眠れた。
夜中に一度も起きず、
翌朝の目覚めはすっきりしていた。
こんなにぐっすり眠り切ったのは、
こんなに笑ったのと同じくらい、
久しぶりだったかもしれない。
あぁ、もっと笑おう。
些細なことを見つけて、笑おう。
そうしたら、私の世界はきっと平和で豊かで、
明日も明後日もぐっすり眠れる。
宮沢賢治の「雨ニモマケズ」ではないが、
雨にも負けず、
風にも負けず、
よく食べ、
よく笑い、
よく眠る。
子供達はまさに、私にとっての「そういう人」。
まだ起きない子供達の寝顔を見ながら、
頼もしいなと、また一つ学んだ。
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