ふやけた過去と、腑抜けた今と、ぼやけた未来。
ここ最近、何事も無気力になっている。相変わらず「自分が何をしたいのか」とか「何のために生きているのか」とかそういうことばかり考えていて、挙げ句の果てには仕事に対してもネガティヴモード。その結果、クライアントにも迷惑をかけることになってしまった。本当に自分は何がしたいんだろう。自分には合っていないんじゃないかとまで考える始末。誰のために何のために頑張ってるんやろ。いや頑張ってすらないのか。知らんけど。
ふやけた過去と、腑抜けた今と、ぼやけた未来。漠然とした不安を感じながら何となく生きていて、自分が自分かどうかも分からないような人生。死ぬなんて選択肢もないから、ただただ早く人生が終わってほしいと願う。日本は長寿国だなんて言われているけれど、同時にストレス社会でもあって若くして命を絶つ人がいる矛盾。「国民のため」という総裁選に投票の権利はないし、ただからくり人形のように政治家たちの掌の上で踊らされるだけ。
「コロナ対策」と銘打った何かは結局個々の努力任せで、国は緊急事態宣言を出せば万事OKみたいな姿勢。落ち着いてきたら段階も踏まず一気に解除して、お次は経済のためにGoToトラベル再開だとか言って何度も同じことを繰り返す。分かるよ分かるけど、同じ轍を何度も踏んでくんやなという気持ち。あーあ、みんな何を生きがいにして生きてんの?
先行き不透明、視界不明瞭。人生の迷子。こんなときは、「当たると評判の占いでも行くか〜」なんて形のないパワーに頼りたくなるけれど、結局それも気休めでしかなくて解消しようのない不安もしくは不安かどうかも分からない感情を抱え続けたまま日々を過ごす。
アフリカの難民とかに比べたらそりゃ不幸ではないかもしれないし、そうでなくてもそれなりに幸せな方なのかもしれないけれど、なんだろうこのモヤモヤは。決して高くないよ幸福度は。秋晴れの気持ち良い天気の日だって、心はなんだか浮かないまま。まだ30年しか生きてなくて、あと倍近く頑張り続けないといけないとか途方もないな人生は。
「好きなことで生きていく」? いやいや現実は、好きだけじゃ限界があるらしいよ。じゃあ好きですらないことで一生懸命生きてる俺らはどうすりゃいいのさ。とうに限界超えてらぁ。人生やり直したいとか言わんからさぁ、せめて早送り機能くらい付けてくれや。