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一流の作り手は作る作業だけをやっているんじゃない
及川眠子さんの『ネコの手も貸したい』を読んで驚いたことは、作詞だけでなく歌手やアルバムのプロデュースまで手がけている点だ。
アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の主題歌「残酷な天使のテーゼ」、Winkの「淋しい熱帯魚」、やしきたかじんの「東京」などのヒット曲を手がけ、「最後の職業作詞家」とも呼ばれる及川眠子が書き下ろす作詞術。作詞は技術と知識が9割、ひらめきと感性だけじゃ続けていけないと言い切る著者が、その手の内を大公開。(Amazon 内容紹介より)
提案、プロデュースする作詞家
たとえば、やしきたかじんの「東京」は
「『東京』というタイトルで大阪弁の歌を作らないか。それは誰もやってないから」
「『東京』を出すことで、関西の固定客は買わなくなるかもしれないけど、東京の関西出身者2万人に売ろう。新規のファンを、関西以外で増やしましょう」
とディレクターに提案して始まったという。
ただ仕事を待っているのではない。
提案して、積極的に食い込んで、関わっていく。
本気のプロがこうなんだから、私のような凡人がぼんやりしていたらチャンスなんて永遠に来ない。
それから、作詞の際、言葉を選び紡ぐことだけでなく、歌いやすさ、キャッチーさ、歌い手の力量やイメージ、シングル曲かアルバム曲かなどあらゆることを考えて取り組んでいる。
歌手を育てるという視点での作詞もあった。
思えば作詞はその作業だけでモノが完成するのではない。
作詞家以外に、旋律をつくり、アレンジし、歌い、広げ、買い、聞く人がいて初めて成り立つ。
自分が関わる部分だけを独立して考えるのではなく、全体を踏まえて自分の作業にあたっている。そして積極的に全体に関わっている。
本物のプロというのはこういうものなんだ。
改めてそう感じた。
「残酷」な天使の「テーゼ」
私にとって及川眠子さんといえば「残酷な天使のテーゼ」の人だ。
エヴァンゲリオン放送時は小学生だったので、社会現象になっていたことは覚えていない。
ただ、たまたまテレビをつけた時流れていたこの曲と映像がすごく引っかかって、なんだか内容はよくわからないけれどオープニングだけは毎週見る、ということを当時していた。
家族と劇場版を見て気まずい思いをした世代である。
同世代のオタク仲間でカラオケに集まるとこの曲で締めることも多く、思い入れがある。
本書では1章を割いて「残酷な天使のテーゼ」について語っている。
びっくりしたのが「残酷な天使のテーゼ」のテーマだ。
言われてみればその通りなのだが、まったく思いもよらなかった。
しかしよくよく考えると、歌詞の端々にそのような雰囲気を感じとってはいた。
そしてテーマを一度聞いてしまうと、もうそのようにしか聞こえない。
あまりにもぴったりすぎて。
もう本当に納得感がすごい。今なら、歌詞を見ただけで泣けそうである。
意外と普遍的で日常的なテーマなのだが、アニメの作品内容や「残酷」「テーゼ」「パトス」「思い出を裏切る」などの強く、そして鋭い言葉たちにまんまと目くらましされた形である。
まさに「難しくしてね。1回聴いただけじゃわからないくらい。でも10回聴いたときに、不意に涙がこぼれてしまう感じで。そして、哲学してください」という音楽プロデューサーの要求通りだ。
(それにしても難解なオーダーである……)
テーマが気になる方は是非本書を読んでください。
及川眠子に学ぶクリエイターの心意気
最後に、私が本書でいいなと思った箇所を紹介する。
人に想像させるものを書く。それこそが創造である。(p92)
事実を加工して人に伝えること。それは文章を面白くするためのサービス精神である。(p144)
プレッシャーなんてはぐらかせばいい(略)。自分が面白がることがまずいちばん。(p166)
プロとアマの差はその一点にしかない。それは何かと言うと、サービス精神である。(p178)
作詞のテクニックもてんこ盛りだけれど、私は単純に創作の裏側や考え方の参考として楽しんだ。
示される文章の手直し例もすごく、添削前と添削後には、ものすごいジャンプがあるように見える。
そのジャンプの秘密が惜しみなく書かれているわけだが、読んだだけではきっと同じようにはできない。
経験と実績と、とにかく鍛錬を積むことが必要だ。
そういう意味ではテクニックを公開したところで痛くも痒くもないんだろう。
まったくもってプロである。
及川さんの「私が衝撃を受けた詞」やいちばん好きな作詞家の話も面白かった。
作詞や歌唱をする方には間違いなく参考になるし、読み物としても面白い一冊だった。
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