見出し画像

従業員の健康問題には産業医を活用せよ~業務改善指導に伴う健康問題と産業医の活用~

従業員の業務改善指導から発展した健康問題に関連するトラブルについてご相談をいただく機会が重なったので、その経験を踏まえたお話をします。
ご相談に対応する中で、「もっとこうしておけばそもそもトラブルにならなかったのになぁ」と思うことが少なくありません。
以下では、よくあるパターンと、その予防策についてまとめたいと思います。


1.  業務改善指導に際して従業員から診断書が提出される

近時増えていると感じるパターンは、業不振の従業員に対してPIPなどの業務改善指導(ハラスメントには該当しない適切なものであることが前提です。)を実施しているさなかに、その従業員からメンタル疾患を発症したとの申出があるというものです。

こうしたケースでは、当該従業員の命にかかわる問題ですので、会社としては、当然、従業員の体調に応じた十分な配慮を行う必要があります。
対応が十分でなければ、安全配慮義務違反による多額の損害賠償を行わなければならないという可能性もあります。他方で、配慮が行き過ぎると、必要な注意指導を行うことができず、業績改善ができないまま時間ばかり過ぎてしまうという事にもなりかねません。

2.  対応がうまくいかなかった事例

一つ目の事例が、本人から提出された主治医の診断書の記載及び本人の希望どおり、業績改善のための指導をいったん中止し、残業制限を設ける措置を行いながらそのまま勤務を継続させるという対応を行ったものです(事例A)。
この事例では、その後、待てど暮らせど当該従業員の体調は回復せず、業績改善も図れないままだらだらと時間だけが過ぎていくという状況になってしまいました。

二つ目の事例が、休職に入った後、本人から提出された主治医の診断書の記載及び本人の希望どおり復職させるという対応を行ったものです(事例B)。
この事例では、復職後に業務改善のための指導を再開したところ、すぐに体調が悪化してしまい、指導が継続できない状況となってしまいました。

3.  対応がうまくいかなかった二つの事例の共通点

二つの事例に共通しているのが、主治医の診断書及び本人の希望をうのみにした対応を行った結果、本来望ましい措置を講じることができなかった点です。

上記事例Aでは、現在の職務を満足に行うことができず、改善指導も難しい状況です。それゆえ、本来であれば、配置転換の可能性を検討しつつ、それが現実的に無理であれば強制的に休職をさせるべきでした。

上記事例Bでは、やはり従前の職務を満足に行うことができず、改善指導も難しい状況した。それゆえ、本来であれば、配置転換しての復職を検討しつつ、それが現実的に無理であれば復職を認めるべきではありませんでした。

では、どうすれば、主治医の診断書及びや本人の希望に引きずられず、適切な対応が可能だったのでしょうか。

4.  産業医をしっかり活用する

従業員に対する休職命令や体調に配慮するための措置を最終的に決定するのは雇用主です。もっとも、雇用主は医学的知識はありません。
そこで、主治医や産業医の意見を十分踏まえて具体的な措置を行う必要があります。このプロセスがとても重要なのです。

主治医からの診断書が提出されていたとしても、主治医は基本的には本人の健康状態は把握していますが、会社での職務内容や労働環境の詳細までは把握していません
「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(厚労省)にも、「主治医による診断書の内容は、病状の回復程度によって職場復帰の可能性を判断していることが多く、それは直ちにその職場で求められる業務遂行能力まで回復しているか否かの判断とは限らないことにも留意すべきである。労働者や家族の希望が含まれている場合もある」との記述があります。
そこで、会社での職務内容や労働環境について把握している産業医による意見が重要となります。

もっとも、やはり当該従業員の健康状態について一番よく把握しているのは、主治医です。
したがって、産業医が、主治医から十分な情報提供を受けたうえで意見を述べられるような体制を構築しておくことが重要です。

主治医からの情報提供を受けることなく、産業医の意見のみを尊重して判断するのは危険です。主治医から治療経過や回復可能性等について意見を聴取しておらず、主治医に対して一度も問合せをしなかった事実を指摘したうえ、「現代のメンタルヘルス対策の在り方として、不備なものといわざるを得ない」と判示し、解雇を無効とした裁判例(東京地判平成22年3月24日 平成20(ワ)36449)がもあります。

必ず、産業医には、主治医から十分な情報提供を受けたうえで、意見を出してもらいましょう。

また、特に復職の場面では、「試し出勤制度」が有用となります。主治医からの情報の他、試し出勤での勤務状況に関する情報も提供したうえ、最終的な復職の可否について産業医の意見をもらえるようにしておくとよいでしょう。

5.  産業医を活用し適切な判断を行うための備え

産業医を活用し、休職命令を含む適切な措置を実施できるようにするためには、就業規則等を見直し、以下の事項を確認しておくことが重要です。

  • 傷病休職事由が明確になっている

  • 休職事由につき、産業医の意見を踏まえて、会社が判断して「命じる」ことで開始することになっている

  • 会社が従業員に産業医面談を受けさせ、産業医の意見を聴取することになっている

  • 会社が産業医に対して従業員の職務内容や労働環境に関する情報を提供することになっている

  • 産業医が主治医から情報提供を受けることができることになっている

  • 試し勤務制度がある

  • 従業員が産業医への情報提供に協力(同意)することになっている

なお、主治医が持っている従業員の診療情報は、個人情報保護法上の「要配慮個人情報」に該当するため、会社や産業医がその提供を受けるためには、当該従業員の同意が必要となります。それゆえ、スムーズに同意が得られるよう、就業規則等の設計を行っておくことが望ましいです。

6.  まとめ

以上のとおり、業務改善指導に伴う健康問題に適切対応するためには、主治医の診断書や従業員本人の希望のみに流されてはいけません。十分な情報を収集し、提供したうえで、産業医の意見を聴取することができる体制を整えておくことが重要です。
そのために就業規則等を具体的にどのように変えるとよいか、また産業医からの意見聴取を行う際のポイント等については、改めて別の記事でお話しできればと思います。






いいなと思ったら応援しよう!