無料連載小説|紬 38話 墓参り
京介さんが優しく運転するミニの車内にはアリス・イン・チェインズのMTVアンプラグド、アコースティックアルバムが心地良く響いている。暗く、ネガティブなアルバム収録曲と対照的に空は白いほどに青い。冬にもかかわらず。ドライブに行こうと奈月から昨日電話をもらったものの、行き先は告げられていない。
「紬ちゃん、聴きたいCDを選んでおいてほしい。まだ時間がかかる」
京介さんの表情はサングラスで隠されているが、穏やかな口調だ。山道をずいぶん走った。確かにそろそろアルバムも終わる。
「ニルヴァーナのベストがいいです。ユー・ノウ・ユー・アー・ライトが好きなんです」
CDを受け取った奈月は微笑みかけてくれた。
「いい曲だ。そして紬はいい子だよ」
頭に手を乗せてくれそうな顔。奈月になら触れられてもいい。そんな事を思った。いや、触れてほしい。髪を撫でてほしい。静かに細やかに。
木々の間から山々が見える。外の世界は優しかった。奈月がいたからだ。京介さんが見守ってくれるからだ。制限こそあるけれど自由と希望に包まれた気がした。
景色を眺めていると、お寺が山の上に見えてきた。お寺。お墓かな。
「紬、蒼さんの墓参りだ。ジャガーのお礼を言おう。あとは、婚約の報告だ」
「はい!連れてきてくれてありがとう」
婚約者に敬語を使ったり使わなかったりと、私の返事はたどたどしい。ただ私たちを無視するように、京介さんが先に降りてお墓に向かってしまった。
「中学から一緒にバンドをやってたらしいからな。高校から一緒の俺とは思い出の数も違うだろう。行こう」
私は奈月の背中を見ながら後ろを歩いた。今どんな顔をしているんだろう。私がいることで、奈月の苦しげな顔を和らげることができるのかな。
京介さんが桶の水を丁寧に、何度も何度も墓石にかけている。私は立ち入っていいのかな。そう思っていると奈月が京介さんに声をかけた。
「持ってきたタバコが濡れちゃいますよ。それくらいにしましょう」
京介さんが無言でお線香立ての前に立つと、しばらくして奈月が慌て始めた。
「京介さん!なんでクサを線香代わりに燃やしてるんですか!」
「これが今持ってる分、全部なんだけど、馬鹿馬鹿しくなった。ライターで燃やすのは大変だな。親指が熱い。奈月、残り燃やしといて」
奈月は一度ため息を付きお線香立ての前に屈み、何も言わずにクサと呼ばれている大麻を燃やし始めた。京介さんは私に近付いて、いつもよりはっきりとした口調で言った。
「ありがとう」
そしてお墓に向かって数秒手を合わせ、駐車場へと帰っていってしまった。
「紬が俺や京介さんを真っ当な方向へと導いたんだ。俺も言わなければならない。ありがとう」
今日は風がない。ライターをカチカチと鳴らす音が、静寂のお寺に響く。声だけしか聞こえなかったけれど、偽悪的じゃない奈月の声が聞けた。
奈月の素直な声を聞いて、傷に近いものを感じた。だから奈月を守りたいと思った。私はこんなに自分が脆いのに、人を守りたいと思っている。奈月はそんな私に、自分の傷は自分でつけた馬鹿な傷だと言う。でもどんなに馬鹿な傷でも、一つ一つ包み込みたい。私に傷が付いたとしても。