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お誘いはいつも突然に

学生時代、深夜にドライブに何度も連れて行ってくれた先輩がいた。お誘いはいつも突然で、当日の23時ぐらいに予期せぬタイミングでiPhoneに連絡が入る。先輩がドライブに行きたいときは決まって嫌なことがあったときだ。わかりすくていい。

パジャマを脱いで、外に出る支度をする。家の近くまで迎えに来てくれた先輩は、どこか疲れた表情をしていた。また何か嫌なことでも起きたのだろうか。ちなみに僕は先輩の口から悩みが吐露されるまでは絶対に聞かない。それは無理に聞き出されるよりも、一緒にいてもらえるだけで救われることがあると知っているためだ。

途中のコンビニで飲み物を買う。先輩はブラックコーヒーなんて飲めやしないのに、眠気覚ましとか言って、ブラックコーヒーを買う。車のドリンクホルダーに置かれたブラックコーヒーが、全部なくなることはこれまでに一度もなかった。

御堂筋に乗って、六甲山へと向かう。深夜ということもあって、並走しているのはトラックばかりだ。窓を開けて音楽を流しながら。明日は仕事が休みだとか、就活はどうなったとか他愛もない話をする。深夜に車に乗って、くだらない話を先輩とするのが好きだった。

六甲山に着いて山頂から綺麗な夜景を見る。男2人で夜景だなんて、なんだかむず痒い。朝日が昇る前に車に戻り、須磨海岸へと向かう。着いた途端に砂浜へと駆け出し、水の掛け合いなんてことにはならない。きっと先輩も女の子と来たかったに決まっている。僕だってそうだ。

波音を聞きながら波の近くまで歩く。

「元カノが結婚するんやってさ」
「そ、そうですか」

先輩の元カノが結婚することは、もちろん知っていた。だから、ありきたりな返事しかできない自分がいた。先輩の元カノは僕のバイト先の先輩だ。バイト中に2人が喧嘩をしているシーンに遭遇したことが何度もある。喧嘩をするたびに店長に呼び出されて、タバコを咥えた店長から説教を受けていた。そして、僕たちは「また始まったよ」と笑う。もはやバイトの名物と化していた。

2人の喧嘩の中でも鮮明に覚えているのは、バイトメンバーとバックルームで談笑をしている最中に、元カノが先輩を殴りながら入ってきたことだ。何があったのかはよくわからないけれど、ずっとタコ殴りにされている先輩の悲しそうな顔をいまだによく覚えている。

喧嘩をするほど仲がいいと、信じていたのに、先輩は彼女に振られた。理由は先輩を好きじゃなくなったそうだ。最初は距離を置いたらしいけれど、恋愛は距離を置くと言い出したらおわり。離れた気持ちは2人の距離が離れた瞬間にさらに遠のいていく。そして、気持ちが戻ることなく、2人は別れてしまった

そもそも1人の人をずっと好きでいるなんて無理である。好きにも波があって、好きと好きかどうかわからないの上下の波を繰り返す。気持ちの波が立たなくなった瞬間に、好きの気持ちはスッと消えてなくなる。恋愛は片方の気持ちだけでは成り立たない。互いの気持ちが一致した瞬間にお付き合いとして発展するし、お付き合いの継続もおんなじである。

先輩は元カノと結婚するとずっと言っていた。僕たちも先輩と元カノは絶対に結婚すると思っていたのに、その予想はいとも簡単に裏切られたのだ。

先輩はモテる人だった。元カノに振られてからはずっと好きでもない女性を連れていた。それでも元カノのことをずっと忘れられないでいる。思い出は時間が経てば経つほどに美化される。

「目の前の女性をちゃんと好きになりたいのに、好きになれない。いつだって元カノの面影を探している。元カノを超える女性はもういない」が先輩の口癖だ。先輩がずっと忘れられない元カノが結婚してしまった。どんな気持ちなのかはわからないけれど、辛いことはわかる。だから僕は先輩に何も言えなかった。

「終わったってことは始まったってことだけれど、俺とあいつがこの先始まることは絶対にないんだぜ。なんであいつのことを理解してやれなかったんだろう。いまならちゃんと向き合えると思うんだけれど、あいつが結婚した以上、絶対に無理な話なんだよな」

朝日が昇る。海岸には僕たち以外は誰1人として人がいない。

「ほんと、そういうところだよ」

波風と共に先輩の元カノの声が聞こえた気がした。

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