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月が綺麗と誰かが笑った

月が綺麗と誰かが笑った。夏目漱石は「I LOVE YOU」を「月が綺麗ですね」と訳した。そして、二葉亭四迷は「死んでもいいわ」と返す。この一連のやり取りはとても美しく、浪漫を感じる。その一方で、「月が綺麗ですね」という言葉を気軽に使えなくなった。これは完全に夏目漱石のせいだ。

月の美しさに見惚れていたいわけでもないし、ロマンチックになりたいわけじゃない。でも、確かに月は綺麗だ。月の満ち欠けを見るのを楽しむ人もいれば、興味を持たない人も存在するらしい。自身は前者の人間のため、興味を持たない人がなぜ興味を持たないのかが気になる。月の美しさに魅了されるのは、漆黒に彩られた暗闇の中に一筋の光が差すからだろうか。毎日のように空を見上げ、月の満ち欠けを確認している。もう少しで満月だと分かった瞬間に、胸の内から芽生えるワクワクは何度味わっても心地が良い。


月を見るとなぜか気持ちが落ち着く。深呼吸を繰り返しているうちに、どん底まで落ち込んだ心が上を向くような気がする。月の美しさは地球から見たもので、それは仮初の姿に過ぎない。ある日、月は地球に落ちる隕石の受け皿になっていると聞いた。インターネットで「月の裏側」と検索をかけると、あまりの無惨さに思わず絶句した。どんな世界にも栄光を掴んだ人がいる。その裏には必ず涙を呑む人が存在するように、美しさの裏側には必ず醜さが溢れている。月は決してその醜さを見せない。わざわざロケットを飛ばさなければ、その醜さは見えないようだ。これが意図的なのかどうかはわからないけれど、醜さを隠そうとする人間と同じで笑えた。

「月が綺麗ですね」と夏目漱石は言った。裏側を見たときに同じ言葉で表現できるのだろうか。きっと違った言葉で表現するに違いない。決して「I LOVE YOU」にはならないし、夏目漱石が訳した言葉に二葉亭四迷がどのような返しをするかも気になるところだ。月は確かに綺麗だ。そこに異論はない。東京は星が見えないため、月が自身の心の支えとなっている。

月が綺麗と誰かが笑った。月の裏側の無惨さを知った以上、どのような言葉が適切な返しなのかがわからなくなった。月は確かに綺麗だけれど、美しさの裏には血が滲む努力が隠されている事実を忘れてはならない。今夜は月が綺麗だ。それは紛れもなく事実であった

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