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全部、遅かったんだ

「私、結婚するんだ」

何気ない会話の最中に彼女は言い放った。

あれ?僕たちって付き合ってるんじゃなかったけ?突然の告白に頭が真っ白になる。動揺を隠そうとしてもうまく隠せない。水がいっぱいに入ったコップが手からすり抜ける。濡れてしまった衣服を、いつもと変わらない優しさで拭く君。

「もう完全に動揺してるじゃん」
「突然過ぎてびっくりだよ。でも、おめでとう。どれぐらい付き合ってたの?」
「うーん、3年ぐらいかな」

3年か。僕たちが関係性を持ったのはちょうど1年前の話。僕と行為をしている間にも君は彼と寝ていた。一体どんなやつなんだろうか。僕よりもきっと優しくて、包容力のある男なんだろう。優柔不断な君を抜群のリードで導く。いや。これはただの妄想に過ぎない。君がプロポーズを受けた男性がどんなやつかは知らないし、知りたくない。

「だから、今日君にさよならを言いに来たんだ」

さよならはいつも予期せずにやって来るし大切だと思っていたものから順に自分の側から離れていく。お互いに好意が芽生えていた事実。とっくに2人がお付き合いをしていたものだと思い込んでいた事実。

彼女とはセフレではないと勝手に思い込んでいた。ただのセフレだったら一夜を明かして終了だ。僕たちはデートもよくしていたし、仕事終わりに寝落ちするまで電話することも何度もあった。僕らが共に時間を過ごしているその裏で彼女にはずっと本命の男がいた。気づいたときにはもう全部、遅かったんだ。

なぜ僕らはうまくやれなかったんだろう。きっと好きという言葉を伝えながらも、最後の一歩を踏み出せなかったからだ。人生は後悔の連続である。あのときこうしていたらみたいな「たられば」や「もしも」ばかりが脳内を駆け巡る。人間のほとんどが死ぬ間際に後悔を口にするらしい。だとしたら、僕が死ぬ前に後悔することは彼女との関係をピリオドが打たれたことだ。

君と彼の3年は一体どんな3年だったんだろうか。僕は彼女と恋人の3年間には勝てなかった。その事実だけがひどく胸を締め付ける。いや、ちょっと待てよ。彼がいる素振りを君は一度も見せたことがない。LINEも電話も僕のタイミングでできていた。手先が器用で手作りのアクセサリーを作ったり、手編みのマフラーを僕にプレゼントしてくれたりした君は男にも器用だったのか。

「結婚式とかするの?」
「どうなんだろう。私そういうの興味ないからなぁ」
「そっか。じゃあもしあったら結婚式呼んでよ」
「なんでよ。意味わかんないじゃん」

確かにそうだ。元セフレを結婚式に呼ぶなんて異常すぎる。それにどんな顔をして出席すればいいのかもわからない。君が僕以外の男の隣で愛を誓い合う姿を見るなんて絶対にごめんだ。

彼女の視線。何を求めているかがすぐにわかった。何もかも手に取るようにわかるのに、彼女はもう別の男と結婚する。これが最後と理解したい。でも、理解できない体と心が、彼女に順応した。

彼女の唇に触れる。吐息が漏れる。彼女のシャツのボタンを丁寧にそっととる。指を絡ませながら熱い抱擁を交わし、そのままベッドへと彼女を押し倒す。

「ねえ、電気消してよ」
「ごめん。すぐ消すよ」

ベッドの隅にある間接照明を落とす。それと同時に僕らもベッドへと落ちる。いつも以上に丁寧に、いつも以上に激しくお互いの愛を確かめ合うように、僕らは抱き合った。1回ではなく、複数回抱き合った。気がついたときにはもう朝だった。

あの夜の2人は確かに幸せだった。確かにそこに愛はあった。それを置き去りにしたのが君で、そこに置き去りにされたのが僕だ。朝日が顔を出す。夜の顔とはまったく違う顔。昨日と同じ景色なのに、僕たちがいる世界はまるで別世界だった。

「じゃあ、私行くから。さようなら。」

最後の強がりとして、寝たふりをした。彼女もちゃんとそれに気付いていた。僕らの関係はなかったことになった。合成ゴムの隔たりだけがそこに残った。濡れたシーツ。事後に使った濡れたままのバスタオル。確かに君がそこにいた事実はちゃんと残ったのに、もう彼女との関係は過去になった。

テーブルの上に置手紙が置いてあった。

「ちゃんと好きだったよ」

ああ、なぜちゃんと告白しなかったんだろうか。もしも告白していたならば、彼女は今も僕のそばにいたのかもしれない。お互いの思いは一緒なのに、結ばれなかった僕ら。言葉なんてなくても、これから先もずっと一緒にいると勘違いしていた。

気づくのが遅かった。そう全部、遅かったんだ。

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