戦火に散った友たちへ ラヴェル クープランの墓
今回はラヴェル(1875~1937)のピアノ組曲、『クープランの墓(Le tombeau de Couperin)』を紹介します。
1 概要
この作品は1914年から1917年にかけて作曲されたピアノ独奏の6曲から成る組曲です。6曲に3年もかかっている理由として考えられるのは、この時は第1次世界大戦が開戦し、ラヴェルは祖国フランスに対して強い愛国心を持っていたようで、自ら志願して従軍しました。1917年に除隊されましたが、その期間にこの大戦により多くの友人を失いました。そんな中作曲されたこの作品は第1次世界大戦で散った、友人たちへの追悼曲となっています。
フランス語でタイトルはLe tombeau de Couperinといいますが、この"tombeau"という単語は本来はフランス語で「墓碑」を意味する言葉ですが、音楽のジャンルとしては故人を偲ぶための曲として知られています。
↓トンボ―の例
フランスのバロック時代の音楽家、マラン・マレー(1656~1728)によるトンボ―『リュリ氏を偲んで』
やはり亡くなった者を偲ぶ曲ということもあり、曲は短調でかかれ悲しい雰囲気に包まれています。このリュリという人物はイタリア出身、フランスで活躍したジャン=バディスト・リュリ(1632~1687)のことであり、抒情悲劇などのジャンルにおいてバロック音楽中期を代表する重要な作曲家の一人です。
クープランという名前はバロック時代にフランスで活躍した音楽一家であり、ここでのクープランは大クープランと呼ばれているフランソワ・クープラン(1668~1733)のことです。
ラヴェルは大クープランの『王のコンセール(Concerts Royaux)』の第4番の中にあるフォルラーヌを写譜していたらしく、この『クープランの墓』に含まれている第3曲フォルラーヌはこの曲の影響を受けていると思われます。
↓王のコンセール第4番よりフォルラーヌ
この作品が完成する1917年にはラヴェルの母親も亡くなり、これを境にラヴェルの創作意欲は激減し、これ以降に作曲された作品は10作品程度で収まっています。そして、この作品以降新たなピアノ独奏作品が生まれることはなく、ラヴェル最後のピアノ独奏作品となりました。
2 構成
クープランの墓は6曲からなる組曲であり、バロック時代の組曲の形式を借用しています。内容は
1 前奏曲(Prélude)
2 フーガ(Fugue)
3 フォルラーヌ(Forlane)
4 リゴドン(Rigaudon)
5 メヌエット(Menuet)
6 トッカータ(Toccata)
の計6曲です。
バロック時代の形式に倣って1曲目が前奏曲、2曲目がバロック音楽の代表格ともいえるフーガ、3~5曲目には舞曲が置かれ、6曲目のトッカータはピアノの演奏技術がこれでもかと積み込まれた曲になっています。
3 各曲の解説
1 前奏曲(Prélude)
ジャック・シャルロ(Jacque Charlot)中尉に捧げられている。彼はラヴェルの『マ・メール・ロア(Ma mére l'oye)』をピアノ連弾用に編曲した人物でした。
12/16拍子 Vif(活発に) ホ短調
A-Bによる2部形式の曲であり、主に3つの素材で曲が構成されています。16分音符が曲全体を支配しています。楽譜には❝Les petites notes doivent être frappées sur le temps.❞と表記されており、これは「装飾音符は拍の頭で奏でること」と指示を出しています。
Bの部分でもAで登場した3つの素材が用いられています。
ここではほんの一部にしかハイライトをしていませんが、他にも素材1,2,3があらゆる場面で登場しています。見つけてみてください。
2 フーガ(Fugue)
ジャン・クリュッピ(Jean Cruppi)少尉に捧げられている。彼の母であるルイーズにラヴェルはオペラ『スペインの時(L’heure espagnole)』を献呈している。
4/4拍子 Allegro Moderato(だいたいアレグロとモデラートの中間のテンポで) ホ短調
このフーガは3声で構成されており、提示部は定型通りの始まり方をします。
主唱と対唱を主に用いて、曲が構築されていきます。楽譜2ページめからは反行フーガが出現します。
また、対唱も反行形になって現れ、次第に主唱、対唱の基本形と反行形が複雑に絡み合っていきます。
時には基本形と反行形が同時に出現していき、様々な旋律が絡み合いながら消えゆくように曲を閉じます。
3 フォルラーヌ(Forlane)
ガブリエル・ドュリュック(Gabriel Deluc)中尉に捧げられている。彼は画家であった。
6/8拍子 Allegretto(やや快速に) ホ短調
フォルラーヌはイタリアのフリウーリ地方の伝統的なテンポの速い舞曲で、3/4拍子、6/8拍子、6/4拍子で演奏される。17世紀のヴェネツィアのゴンドラ乗りの間で大流行し、その後ヨーロッパ全土へと広がっていった。フランスでは宮廷舞踊にもなった。この曲のテンポは通常のフォルラーヌと比べたら遅めです。
曲の形式は複合3部形式でA-B-A’-Codaの構成です。A’はAを短縮した形で再現されます。細かく分けるとA-B-A-C-D-C-A-E-F-E-A-B-A-Codaとなります。全曲中最も不協和な曲であり、かなり響きの鋭い不協和音が多用されています。
不協和音は多用されているものの、曲の形式は難しくなくわかりやすい曲だと思います。先ほど述べた通りフランソワ・クープランのフォルラーヌを写譜したこともあってか、冒頭の主題のリズムはクープランの影響が窺がえると思います。
4 リゴドン(Rigaudon)
ラヴェルの幼なじみであったピエール・ゴーダン(Pierre Gaudin)、パスカル・ゴーダン(Pascal Gaudin)兄弟に捧げられている。
リゴドンはフランスのプロヴァンス地方、ドーフィネ州、ケベック州に伝わる2拍子で活発な伝統的な舞踊の一つです。バロック時代においては器楽作品やオペラ、バレエなどでリュリや、アンドレ・カンプラ(1660~1744) 、ジャン=フィリップ・ラモー(1683~1764)らが用いています。
2/4拍子 Assez Vif(十分なくらい活発に) ハ長調
この曲もA-B-Aの複合3部形式で作られており、A、Bそれぞれは2部形式を構成しています。細かく分けるとA-B-C-D-A-Bとなります。
前半は素材1と素材2を核としながら曲が構成されていきます。素材1と素材2はBにおいても転調しながら何度も登場します。
中間部はMoins Vif(落ち着いて→※直訳すると活発ではなく)となりテンポが落ちます。オレンジ色のハイライトのフレーズが中間部では多用されています。
DはCと同じように始まり、嬰ハ短調→嬰ヘ短調と転調しながらフレーズを繰り返します。嬰ヘ短調からホ短調になりやがて最初のAが戻ってきます。
再現されたA-Bは繰り返しを省いた形で現れ、フレーズや和声の変化は無くそのまま曲を締めくくります。
5 メヌエット(Menuet)
ジャン・ドレフュス(Jean Dreyfus)に捧げられている。ラヴェルは除隊後に彼の家で療養をしていました。
3/4拍子 Allegro Moderatoト長調
メヌエットはバロック時代の舞踊の中でも花形の踊りとして知られ、3/4拍子による、テンポの速い舞曲です。フランスをはじめ、ドイツ、イギリス、イタリアの宮廷でも広がっていった。ラヴェル自身もメヌエットを多数残しており、『古風なメヌエット(Menuet Antique)』『ハイドンの名によるメヌエット(Menuet sur le nom d'Haydn)』メヌエット嬰ハ短調、ソナチネの第2楽章が挙げられます。テンポも速いものからゆったりしたものなど様々です。
このクープランの墓におけるメヌエットのテンポはゆったりめです。
構造はこちらも複合3部形式となっておりA-B-A-Codaの形式です。
細かく分けるとA-B-A-C-D-C-A-B-A-Codaとなります。
冒頭部の主題がA-B間で何度も登場します。2回目のAでは単調な繰り返しは避けられ、和声を変えて再現されます。
中間部は❝Musette(ミュゼット)❞と書かれており、これはフランス17世紀~18世紀で貴族間で流行したバグパイプのことであり、またその楽器を使用した器楽曲、ミュゼットの響きを模した牧歌的な楽曲のこともさします。この部分では調性が曖昧で、明確に調を判別できない部分です。
再現されたAはここでも和声を変えて再現され、Bにいたってメロディー同じですが、転調して再現されます。
A-B-Aの再現を終えるとコーダへ流れつき、最後は主調のI9の和音で曲を閉じます。
6 トッカータ(Toccata)
ジョゼフ・ドゥ・マルリアーヴ(Joseph de Marliave)大尉に捧げられている。音楽学者であり、妻はピアニスト、音楽教育者のマルグリット・ロン(1874~1966)。彼女はこの曲の初演者でした。
2/4拍子 Vif ホ短調
トッカータはもともと細かいパッセージを含む即興的な作品として知られていました。時代を経るにつれて無窮動楽想へと変化していき、ラヴェルのトッカータも無窮動な曲となっています。ピアノにとっては同音連打が多用され、ラヴェルのピアノ作品のみならず、全ピアノ作品を含めても難曲の1つとして知られています。
構成はかなり自由に作られており、素材1を軸としながら曲が進んでいきます。ほとんどが16分音符で埋め尽くされており、譜読みも大変です。
途中でUn peu moins vif(少し落ち着いて)となりテンポを落としますが、すぐに元のテンポに戻ります。素材2と素材3は後半にまた再現されます。
嬰ニ短調に転調してからは、2分音符と4分音符で構成されているメロディーがつぶれないように演奏するのがなかなか難しいところです。
楽譜を見てみると、素材1が様々な場面で登場したのがわかると思います。クラシック音楽というのは一部の素材を用いて曲を展開していくことが多いです。このクープランの墓でも曲ごとにいくつかの素材を用いて、曲を作っていたのがわかったと思います。
4 オーケストラ編曲版
1919年にラヴェルはこの作品をオーケストラ編曲を施しました。ただし、フーガとトッカータは編曲されず曲順も
1 前奏曲
2 フォルラーヌ
3 メヌエット
4 リゴドン
の順番に変えています。
オーケストラ編成は『亡き王女のためのパヴァーヌ(Pavane pour une infante défunte)』のような小規模の2管編成になっており、
フルート2(ピッコロ持ち替えあり)
オーボエ2(コーラングレ持ち替えあり)
クラリネット2
バス―ン2
ホルン2
トランペット1
ハープ
弦5部
となっています。
木管楽器が活躍するオーケストレーションが施されており、それ故に木管楽器に高い演奏技術を要求しています。
第3者による編曲も遺されており、フーガとトッカータを編曲して完全版にしている版もあります。興味のある方は調べてみてください。
5 終わりに
今回はラヴェルのクープランの墓を解説してみました。彼の友人たちを追悼するための曲集ではありますが、曲それぞれの完成度は高く、現在でもよく演奏される曲集の一つです。これを機にこの作品の魅力が少しでも皆様に伝わればいいなと思っております。
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