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掌編小説『消えもの』
夏に届いた手紙はわたしのことをずっと前から好きだったと書いていて、過去を遡るのはとても疲れるからそれだけでもうぴしゃりと心が閉じてしまい、それから、ああもうわたしはまたあの人をどうやって否定しようか考えなきゃいけないんだと思うと部屋にはいられなくて家を出て電車に乗って街へ出た。夜の街は誰もがわたしを見ていて誰もがわたしを見ていない。街の一部になったような心地がしてきたらあとはもうなにも考えないで
もっとみるわたしジャングルクルーズの船長なんです
「付き合うことになってからで申し訳ないんですけど、わたしジャングルクルーズの船長なんです」
「え、船長?」
「はい。ジャングルクルーズの船長です」
「現役の?」
「現役の船長です」
「何回もすみません、引いてるわけではないんです」
「いいえ引いてもらっていいんです」
「じゃあお言葉に甘えて。僕、あなたに引いてます」
「分かってましたがほんとうに引かれるとつらいですね」
「でも、接客業って聞いてたの
掌編小説・ああたぶんそうじゃないよね三つ折りは四つ折りよりも難しいから
津崎さんが紙を折っているところを見ていた。A4の紙を三つ折りにしようとして、どこで折っていいか迷って、適当なところで一度折って、もう一度折って、それを茶封筒へ入れた。
津崎さんは別の部署の若い男と交際しているという噂だった。それは営業二課の松川くんだとか、そうじゃなくて本社ではなく近隣の支店の川瀬くんだとか、確度の高い情報はなかった。
津崎さんは僕たちの部署の中では最も若い女性で、最も仕事を
掌編小説・イルカの行方
イワシの群れがきらきら光る。大きな水槽の中でひと塊りになって、群れの一匹一匹がつかず離れずの距離を保ちながら泳いでいる。
「わたし、ああいうのこわいな」
彼女はそれを指差して、僕の目を見た。こわい、というより怒っているように見えた。
「みんなで生きてる感じがしてこわい」
この水族館でいちばんの目玉の大きな水槽の前を、一度きりだけそれを言うために立ち止まって、あとはつかつかと歩いて過ぎてしまう
〈短編小説〉 煌めく線香花火・第1話
「ねえ知ってる? 線香花火が落っこちる前に既読がついたら両想いなんだって」
友達の三笠春子は線香花火に火をつけてそう言った。暗闇の中で線香花火の火花が弾ける。春子の線香花火の火はすぐに庭の地面に落ちた。
今日から夏休みが始まった私たちは春子の家の庭で花火をしていた。来年は大学受験を控えているから今年の夏休みはめいっぱい楽しむんだと意気込んでいた。
「なんでもいいからLINE送って、それで